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勝田新左衛門かつたしんざえもん
牛込の公儀与力大竹重兵衛の婿となった勝田新左衛門が仇討ちに加わらないことを重兵衛が責めるが、討ち入りの報に義士の中にその名を見つけて悔いる。
一席物(一話で完結する話)。系統は赤穂義士伝(赤穂浪士の討ち入りにまつわる話。本伝・銘々伝・外伝に分かれる。)
『赤穂義士伝』の一席(銘々伝)。
あらすじ
牛込改代町の公儀与力大竹重兵衛は、堀部弥兵衛が豪傑中山安兵衛を娘婿に迎えたことをうらやみ、一人娘みつの婿探しに奔走していた。浅野家の行列の進行を邪魔しようとした二人の侍を打ち倒したことがきっかけで、重兵衛は勝田新左衛門の存在を知る。弥兵衛が間に入り、みつは新左衛門に嫁ぐこととなって、重兵衛は大いに喜んだ。
数年後、浅野家の一大事があり、みつと孫の新之助は重兵衛のもとに身を寄せる。国元へ発ったきり新左衛門の便りは絶えていたが、元禄15年(1702年)12月13日、両国橋の上で大根を売るその姿に重兵衛が行き合う。重兵衛はその場で新左衛門を叱り、屋敷へ出直すよう言い渡す。
仙台の大名家に200石で仕官が決まったと新左衛門が伝えると、重兵衛はなぜ主家の仇を討たないのかと怒りをぶつけた。ところが翌朝、吉良邸討ち入りを伝える読売の中に新左衛門の名を見つけた重兵衛は、前日の叱責を悔いて涙した。みつは新左衛門から預かっていた離縁状を差し出し、以後は尼となって菩提を弔うことを誓った。
成立と背景
松之丞は、師匠松鯉から最初に「安兵衛駆け付け」を教わった後、次に覚えた義士伝の演目としてこれを挙げている。先輩の神田愛山からは、節回しを変えぬよう助言を受けて稽古をつけてもらったという。
読み方の違い
同じ演目でも、演者によって細部が変わります。分かっている違いを並べています。
- 新左衛門・重兵衛・光それぞれの視点から「別れ」への思いが描かれる場面がラストにあるとされる。
この演目を調べる・聴く
- 国立国会図書館サーチ
この演目の本・速記本・レコードの目録。誰が演じ、いつ出たものかが分かります。
- 歴史的音源(れきおん)
戦前を中心とした録音。同じ演目を誰が吹き込んだかが並びます。
- 歴史的音源(自宅で聴ける分だけ)
上の検索を、インターネット公開されている音源だけに絞ったものです。
講談は演者によって筋や読み方の細部が変わります。ここに書いたあらすじは一つの形で、 実際の高座とは違うことがあります。
出典
- 『講談入門』神田松之丞/編・文 長井好弘/写真 橘蓮二、河出書房新社、2018年
上の本で確認した事実をもとに、文章は寄席ミルが書き起こしたものです。本文の引き写しはしていません。

