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講談の演目

忠僕元助ちゅうぼくもとすけ

赤穂義士伝一席物忠義敵討ち恩返し忠臣江戸

討ち入り前夜、片岡源五右衛門に暇を出されかけた下僕の元助が、事情を知って三義士を送り出し、後年その菩提を弔う一席。

一席物(一話で完結する話)。系統は赤穂義士伝(赤穂浪士の討ち入りにまつわる話。本伝・銘々伝・外伝に分かれる。)

赤穂義士伝』の一席(外伝)

あらすじ

討ち入りの前日にあたる元禄十五年十二月十三日、片岡源五右衛門は下僕の元助を暇にしようとした。元助が承知しないため源五右衛門はしくじりの多さを咎めるが、元助は死んでお詫びしたいと言い張り、両者は譲らない。そこへ見廻り役の大高源吾と武林唯七が通りかかり、三人の義士は相談のうえ、これほど忠義な者ならばと元助に翌日の討ち入りを打ち明けた。

元助は重大事を明かされたことに感激し、水盃で三人を送り出す。部屋を整え、灯明をともして本懐成就を祈った翌朝、討ち入りの成功を知った元助は、泉岳寺へ引き上げる列の中に源五右衛門の姿を見出す。義士切腹ののち元助は髪をおろし、故郷の安中で二十年をかけて四十七士の石像を彫り、榛名山のふもとに祀った。その後は南房総で墓守として生涯を終えた。

成立と背景

上方の旭堂南青の口演を聞いたことが、松之丞がこの演目に取り組むきっかけになったという。松之丞は愛山からこの演目を教わった。

この演目を調べる・聴く

講談は演者によって筋や読み方の細部が変わります。ここに書いたあらすじは一つの形で、 実際の高座とは違うことがあります。

出典

  1. 講談入門神田松之丞/編・文 長井好弘/写真 橘蓮二河出書房新社2018年

上の本で確認した事実をもとに、文章は寄席ミルが書き起こしたものです。本文の引き写しはしていません。

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