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講談の演目

馬場の大盃ばばのおおさかずき

御記録物一席物出世情け大名浪人実説

別題: 出世の大盃、出世の盃

下戸の家中に代わって酒の相手をした中間が、額の傷をたずねられ、かつて敵味方だった相手に身の上を明かす一席。

一席物(一話で完結する話)。系統は御記録物(大名家に伝わる記録や御家騒動。金襖物ともいう。)

あらすじ

伊賀上野の領主・藤堂大学頭高次は藤堂高虎の子で、その息女梅姫が内藤紀伊守のもとへ輿入れする。藤堂は大酒飲みだが、紀伊守はまったくの下戸で、家来も下戸ばかりだった。そこで中間の三郎兵衛に、村松三郎兵衛という武士の身分を仮に名のらせ、酒の相手をさせる。

三郎兵衛が大盃を飲み干すと、額に傷が浮かび上がった。戦場でつけた傷だろうから話を聞かせろと藤堂に迫られ、三郎兵衛は平伏して身の上を語り始める。自分は武田信玄の二十四将の一人、馬場美濃守の三男で三郎兵衛信綱だという。

天正3年(1575年)の長篠の戦いで父は討ち死にし、天正10年の天目山で武田勝頼が倒れて家は滅びた。自分は大坂城に入って豊臣秀頼に仕え、元和元年(1615年)5月7日の落城の前日、藤堂高虎の勢と戦った際に若武者の槍で受けたのがこの傷だという。藤堂は、その相手は自分だったと明かし、かつては敵味方でも今日こうして酒を交わすのも縁であるとする。役職を尋ねて四百石の馬廻り役と聞くと、少なすぎると紀伊守に伝え、三郎兵衛は五百石で召し抱えられる。

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講談は演者によって筋や読み方の細部が変わります。ここに書いたあらすじは一つの形で、 実際の高座とは違うことがあります。

出典

  1. 講談事典瀧口雅仁丸善出版2023年

上の本で確認した事実をもとに、文章は寄席ミルが書き起こしたものです。本文の引き写しはしていません。

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