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講談の演目

網代問答あじろもんどう

お裁き物一席物裁き騙り身分違い名奉行軍師悪人江戸実説

徳川吉宗の落胤を騙る天一坊が江戸南町奉行大岡越前守の尋問を受け、軍師山内伊賀亮の弁舌によって言い負かされるまでを描く一席。

一席物(一話で完結する話)。系統はお裁き物(奉行の裁きを読む。政談ともいう。)

徳川天一坊』の一席

あらすじ

天一坊と名乗るこの人物は、実は紀州出身の修験者源氏坊改行という者で、八代将軍徳川吉宗が若くして亡くした子と生年月日が一致することに目をつけ、その血縁を証立てる品を得るために身寄りのない老婆を手にかけて、将軍の子を装うようになった。以後、天一坊は山内伊賀亮ら複数の悪人を仲間に引き入れて江戸へ向かい、老中松平伊豆守の取り調べでは信用を得たが、南町奉行大岡越前守はその人相を怪しんで将軍吉宗に再度の取り調べを願い出て許された。

越前守の役宅で対面した天一坊に対し、越前守は上座から見下ろすように接し、なぜ江戸へ直行せず大坂や京にとどまったのか、出家の身でありながらなぜ弓や槍、鉄砲を携えているのかと問い詰める。天一坊自身はほとんど答えず、家臣の山内伊賀亮が代わって一つ一つに理由を説明していく。

さらに越前守は、身分に不相応な網代の乗物を用いたことを咎めるが、伊賀亮は徳川家の由来や皇室との関係を長々と語り、天一坊の乗物もその格式に応じたものだと論じて越前守を沈黙させる。追い詰められた越前守は天一坊を丁重な座敷へ案内し、対面の場を設けると告げて一行を退出させたが、内心では天一坊と伊賀亮への警戒を強め、後日病気を理由に登城を控えて対応を練り直す。

退出した天一坊の一味は勝利を喜ぶが、山内伊賀亮だけは越前守の出方を警戒し、油断はできないと一同をいさめる。越前守は病気届を出して登城を控えつつ、密かに家臣を紀州へ送り、天一坊の素性を調べさせようとしていた。

成立と背景

『大岡政談』の『徳川天一坊』の一席。

『大岡政談』は白子屋お熊・煙草屋喜八・村井長庵などの話を含む全16編の作品群とされ、この天一坊の一件もその一つにあたる。

天一坊改行は実在の人物とされ(元禄12年〜享保14年、1699年〜1729年)、享保14年に捕らえられて鈴ヶ森刑場で獄門となった。史実でこの事件の裁許を担ったのは、大岡忠相でなく関東郡代の伊奈半左衛門だとされる。

初代神田伯山(生年不詳、明治6年没)は幕末に活躍した講談師で、『大岡政談』を演目の中心に据えていたことにちなみ「天一坊伯山」の異名で呼ばれたと伝えられる。

読んできた人

初代神田伯山

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講談は演者によって筋や読み方の細部が変わります。ここに書いたあらすじは一つの形で、 実際の高座とは違うことがあります。

出典

  1. 講談 知っておきたい日本の古典芸能瀧口雅仁 編著丸善出版2019年

上の本で確認した事実をもとに、文章は寄席ミルが書き起こしたものです。本文の引き写しはしていません。

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