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徳川天一坊とくがわてんいちぼう
紀州の修験者が将軍の御落胤になりすまして江戸に乗り込み、大岡越前守の執念の探索によって偽者と暴かれるまでを描く連続物。
連続物(何席にもわたって続く長い話)。全20席。系統はお裁き物(奉行の裁きを読む。政談ともいう。)
『大岡政談』の一席。
あらすじ
紀州平野村の修験者のもとにいた改行という人物が、早逝した将軍吉宗の御落胤が自分と同年同月同日の生まれだと知り、身寄りの老婆を殺して証拠の品を奪い、師匠の修験者も毒殺したうえ、自分自身も死亡したように見せかけ、天一坊としてその後の人生を歩み始める。
熊本の商家で活動資金三百両を工面した天一坊は、知略に長けた山内伊賀之亮や策謀家の天忠坊日真といった名うての悪党たちを次々に仲間へ引き入れ、大坂城代や京都所司代までも言いくるめながら江戸を目指す。老中の筆頭である松平伊豆守からは信用を勝ち取るものの、ただ南町奉行の大岡越前守だけは、その顔つきに現れた不穏な相から強く疑いを抱き続ける。
越前守は自らの職と命を賭けて再調べを願い出るが、天一坊方の軍師・伊賀之亮の知略に論破され、問答にも敗れる。それでも配下を紀州へ送り執念の探索を続け、天一坊が偽者であるとの確証を得て、将軍との対面の直前に一味を一網打尽にする。
各席
19席手元の本に題と筋が載っている席だけを並べています(全20席のうち19席)。席の分けかたと題は演者によって変わります。
- 1. 名君と名奉行紀州公・徳川光貞の四男に生まれた吉宗は、幼いころから誰にも制御できないほど乱暴な性分で、殺生禁断の阿漕ヶ浦で魚を獲り若き日の大岡越前守に諌められる。後に八代将軍となった吉宗は、大岡を江戸町奉行に取り立てる。
- 2. 天一坊生い立ち紀州平野村で修験の道に入っていた源氏坊改行は、老婆おさんの亡くなった孫が実は将軍の御落胤であり、しかも自分と生まれた年も月も日も同じだったことを知る。おさんの命を奪って証拠の品を手に入れ、師の感応院にも毒を盛った上で村を後にし、肥後熊本で商いを営むようになるが、江戸へ向かう船旅の途中で嵐に遭い、生き残ったのは改行ひとりだけだった。
- 3. 伊予の山中船が転覆し命からがら流れ着いた伊予山中の一軒家は山賊の隠れ家だったが、改行は将軍の御落胤を名乗って悪漢たちを家来にしてしまう。
- 4. 常楽院荷担改行は美濃長洞村にある常楽院に足を運び、堕落した僧侶である天忠坊日真を仲間に引き込む。天忠坊は自らの弟子である天一坊の首を絞めて殺めると、年恰好の似た改行にその名を継がせる。
- 5. 伊賀之亮の荷担常楽院を訪ねてきた山内伊賀之亮は、もと九条関白家に仕えた男で、天一坊の素性を見抜く。武芸にも有職故実にも明るいその力量を惜しんだ天一坊は、伊賀之亮を一味の軍師に据える。
- 6. 大坂乗り出し軍師の伊賀之亮は「江戸に出る前に大坂と京で地固めを」と言い、大坂で借りた屋敷を物々しく改装して新たな家来たちを迎え入れる。
- 7. 伊賀之亮と土岐丹後守大坂城代の土岐丹後守は、二人を城へ呼んで自ら調べにかかる。伊賀之亮の受け答えには淀みがなく、そこへ江戸から「上様の覚えあり」との知らせも入る。一行は大坂でも京でも丁重に迎えられ、江戸へ下る。
- 8. 越前登場江戸に着いた天一坊の一行は品川の仮住まいに入り、翌日には老中筆頭・松平伊豆守の屋敷で取り調べを受けることになる。その場に居合わせた大岡越前守は、天一坊とその家老役である赤川大膳の面立ちに不穏な兆しを見て取り、深い不信感を募らせる。
- 9. 越前閉門天一坊に疑念を抱く越前守は、将軍吉宗にあらためての取り調べを求めるが、老中がすでに調べた一件を軽んじる行いだとされ、松平伊豆守の不興を買う。
- 10. 閉門破り越前守の願いは吉宗のもとに届かず、閉門を言い渡されてしまう。天一坊の再調べを実現するには水戸中納言に頼るしかないと覚悟した越前守は、死人を装い家来の中間に化けた葬礼を仕立てて屋敷を脱出し、水戸屋敷へと急ぐ。
- 11. 水戸殿登場閉門の事情を越前守から聞いた前中納言綱條卿が、夜の明けきらぬうちに登城して吉宗に問う。天一坊の人相に不審があると、このとき初めて耳にした吉宗は、越前守の閉門を解いて調べ直しを命じる。
- 12. 天一坊呼び出し越前守に仕える白石治右衛門が品川にある天一坊の宿を訪れ、越前守の屋敷であらためて調べを行う旨を伝える。当日、越前守は一行をまるで囚人のごとくに扱うものの、あらかじめ伊賀之亮から挑発に乗らぬよう言い含められていた一同は少しも取り乱さない。
- 13. 網代問答再調べの場で越前守と伊賀之亮が対決する。越前守は、宮様の乗り物である網代の駕籠になぜ乗ったのかなどと鋭く問い詰めるが、伊賀之亮はその一つ一つに反論して退け、問答に敗れた越前守は紀州探索を決意する。
- 14. 紀州調べ〜加納より紀州着紀州藩の屋敷を訪ねた越前守は、天一坊の母である沢野がかつて奉公していた加納家の当主から話を聞き出すと、体調不良を理由に役目を休むことにする。その裏では紀州での調査を進めるべく、家来の白石治右衛門と吉田三五郎を急ぎの駕籠で紀伊和歌山へと送り出していた。
- 15. 紀州調べ第一日白石と吉田は沢野の身元を請け合った者から調べようとするが、当時の台帳は焼けて残っていない。沢野と親しかった女中の菊乃井が、奉公人仲間の治助を頼り、おさんが平沢村に住んでいることを突き止める。
- 16. 紀州調べ第二日平沢村の古老が、沢野は実家で出産後に死亡し御落胤も早逝したと証言する。天一坊の素性が平野村の修験者・改行だと判明する。名主新右衛門と飯炊きの伝助はどちらも天一坊の顔を見知っており、白石と吉田はこの二人を伴って江戸へ急ぐ。
- 17. 越前切腹の場松平伊豆守から病気全快後はすぐ登城せよとの命が下り、進退窮まった越前守がまさに腹を切ろうとしたそのとき、紀州からの早駕籠が到着し「天一坊は偽者」との報せが届く。
- 19. 龍の夢仮の御殿で能を見物していた最中にうたた寝をした天一坊は、自らが龍と化す夢を見る。夢占いを得意とする家来の大森弾正はこれを縁起の良い夢だと請け合うが、伊賀之亮だけは天一坊の顔つきに死の影を読み取り、企みが露見する時が近いと察する。
- 20. 召し捕り将軍吉宗との対面を果たせると信じて意気込んで越前守の屋敷に乗り込んだ天一坊一行だったが、そこで証人と物証を突き付けられ、ついに言い逃れができなくなる。天一坊は斬首の上でさらし首にされ、軍師の伊賀之亮はかねて心に決めていたとおり自害する。すべては、偽りの対面の儀式を装って一味をまとめて捕らえようとする越前守の仕組んだ策略だった。
この読み物に含まれる一席
1席それぞれ独立した演目として高座にかかります。本に「『徳川天一坊』の一席」と 書かれているものだけを並べています。
- 網代問答徳川吉宗の落胤を騙る天一坊が江戸南町奉行大岡越前守の尋問を受け、軍師山内伊賀亮の弁舌によって言い負かされるまでを描く一席。
成立と背景
天一坊事件は実話に基づき、享保十四年(1729年)に当時三十一歳の天一坊改行が「偽落胤一件」で死罪獄門となった。実際に取り調べたのは大岡越前守ではなく関東郡代の伊那半左衛門だったとされる。
幕末に初代神田伯山が連続で演じて評判を得ており、現在の「天一坊」はこの伯山の型がもとになっているとされる。
村井長庵、畔倉重四郎とともに、大岡越前守が調べた悪党のうち「これだけは許せない」とされた三人(三政談)の一人とされる。
この演目を調べる・聴く
- 国立国会図書館サーチ
この演目の本・速記本・レコードの目録。誰が演じ、いつ出たものかが分かります。
- 歴史的音源(れきおん)
戦前を中心とした録音。同じ演目を誰が吹き込んだかが並びます。
- 歴史的音源(自宅で聴ける分だけ)
上の検索を、インターネット公開されている音源だけに絞ったものです。
講談は演者によって筋や読み方の細部が変わります。ここに書いたあらすじは一つの形で、 実際の高座とは違うことがあります。
出典
- 『講談入門』神田松之丞/編・文 長井好弘/写真 橘蓮二、河出書房新社、2018年
上の本で確認した事実をもとに、文章は寄席ミルが書き起こしたものです。本文の引き写しはしていません。

