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講談の演目

壺坂霊験記つぼさかれいげんき

世話物一席物義理人情情け上方

別題: お里沢市

目の見えない沢市と、その快癒を三年間祈り続けた妻お里が、壺坂寺の谷へ身を投げる一席。

一席物(一話で完結する話)。系統は世話物(町の人々の暮らしと事件を描く。白浪物・侠客物・三尺物などはこの中の分けかた。)

あらすじ

十一代将軍家斉の治世のこと。大和国高市郡高取町に住む百姓の源兵衛が、孤児である甥の新六と暮らしていた。ある年、大嵐で土手が切れ、屋根に上がった二人は濁流に流される娘を見つける。新六は水に飛び込んで娘を助けるが、それがもとで目が見えなくなる。

助けられたお里は米問屋の娘で、大水ですべてを失っていた。命の恩人である新六と夫婦になる。新六は按摩となり、名を沢市と改める。

ある朝、お里の姿が見えず、沢市は愛想を尽かされたのかと思う。夜に戻ったお里に訳を尋ねると、この三年、沢市の目が治るようにと早朝に家を出て壺坂寺へ祈願していたのだという。沢市は疑ったことを詫び、二人で壺坂寺へ向かう。

お里に支えられて観音堂への険しい坂を登り、祈願をすませたところで、沢市は持病で苦しみ出し、家から薬を取ってきてほしいと頼む。実は自害するつもりで、深い谷へ身を投げる。戻ったお里は谷底の沢市を見て、念仏を唱えて自らも身を投げる。すると観世音菩薩が現れて二人を助け、沢市の目は見えるようになった。これが評判となり、壺坂寺には多くの参詣人が訪れるようになる。

成立と背景

もとは明治のはじめに作られた浄瑠璃の演目。講談のほうには、大和国高取藩士である鈴木円八とおよしの間に生まれたお里と、およしの兄の子である市太郎が夫婦になるという『お里沢市』という演目もあるが、浪曲で浪花亭綾太郎が「妻は夫をいたわりつ、夫は妻を慕いつつ」という外題付けで読んだ『壺坂霊験記』のほうが多く伝わっている。

ほかの芸能でも演じられます

この演目は浪曲でも演じられています。同じ題材でも、 芸能によって筋の運びや読みどころが変わります。

講談には、高取藩士の娘お里と、その従兄にあたる市太郎が夫婦になるという『お里沢市』という演目もあるが、浪曲で浪花亭綾太郎が「妻は夫をいたわりつ、夫は妻を慕いつつ」の外題付けで読んだ『壺坂霊験記』のほうが多く伝わっている。(講談事典)

この演目を調べる・聴く

講談は演者によって筋や読み方の細部が変わります。ここに書いたあらすじは一つの形で、 実際の高座とは違うことがあります。

出典

  1. 講談事典瀧口雅仁丸善出版2023年

上の本で確認した事実をもとに、文章は寄席ミルが書き起こしたものです。本文の引き写しはしていません。

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