浪曲の演目

壺坂霊験記つぼさかれいげんき

世話物義太夫が原作お里沢市大和障害のある主人公信仰と霊験夫婦壺坂寺

目の見えない沢市と、夫のために壺坂寺へ願掛けに通う妻お里の物語です。「妻は夫を労わりつ」の節で知られます。

一席物(一席で完結する話)。系統は世話物

あらすじ

沢市は目が見えず、妻のお里は3年のあいだ夫の目が開くようにと壺坂寺の観音に願掛けを続けています。ある夜、二人で山道を登る途中、沢市は差し込みの痛みを訴え、家に置いてきた薬を取りに行かせてお里を帰します。

一人になった沢市は、自分が生きているかぎり、器量よしと言われるお里が「盲目の女房」と陰口をたたかれると考え、痛みは口実だったと告げる文句を残して狼谷へ身を投げます。薬を持って戻ったお里は、岩の上にたたまれた羽織と、杖に通して立てかけられた草履を見つけ、夫の死を知って自分も谷へ飛び込もうとします。

そこへ悪人・蝮の伝九郎が現れますが、お里はその手を払って谷へ飛び込みます。最後は観音の霊験によって二人とも命が助かり、沢市の目も開きます。

成立と背景

明治初期につくられた浄瑠璃『観音霊場記』がもとで、原作者はわかっていません。『浪曲論』は、明治になってできた新作の義太夫「壷坂霊験記」が原話だとしています。歌舞伎や講談でも演じられる世話物です。

浪曲でよく演じられるのは「お里沢市」の場面ですが、本来は座頭の三味線弾きである沢市がなぜ目が見えなくなったのかから始まる長い話です。舞台になる壺坂寺は奈良県高市郡高取町の真言宗豊山派の寺で、正式には壺坂山南法華寺といいます。

『浪曲論』は、この物語のテーマを夫婦愛だけでなく、家族に迷惑をかけていると思い悩む障害のある人の側から描いたものと読んでいます。

演じてきた人

浪花亭綾太郎(明治22年〈1889年〉〜昭和35年〈1960年〉)の口演で広く知られました。綾太郎自身も目が見えず、攻め続けるような節が持ち味だったと『浪曲論』は記しています。

ほかの芸能でも演じられます

この演目は講談でも演じられています。同じ題材でも、 芸能によって筋の運びや読みどころが変わります。

講談には、高取藩士の娘お里と、その従兄にあたる市太郎が夫婦になるという『お里沢市』という演目もあるが、浪曲で浪花亭綾太郎が「妻は夫をいたわりつ、夫は妻を慕いつつ」の外題付けで読んだ『壺坂霊験記』のほうが多く伝わっている。(講談事典)

この演目を調べる・聴く

浪曲は演者によって筋や節の細部が変わります。ここに書いたあらすじは一つの形で、 実際の高座とは違うことがあります。

出典

  1. 浪曲・怪談 知っておきたい日本の古典芸能瀧口雅仁 編著丸善出版2019年
  2. 浪曲論[増補改訂版]稲田和浩彩流社2022年

上の本に書かれている事実をもとに、文章は書き起こしたものです。本の文章は転載していません。

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