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講談の演目

秋色桜しゅうしきざくら

芸道物一席物俳諧親孝行出世女の活躍職人江戸実説

俳諧の宗匠其角に才能を見いだされた7歳の娘お秋が、宮様の御前でも動じずに句を詠み、名を上げてからも父を思う気持ちを失わない。

一席物(一話で完結する話)。系統は芸道物(役者や芸人の話。役者伝ともいう。)

あらすじ

江戸日本橋茅場町に住む俳諧師の宝井其角は、子ども好きで知られていた。ある日、隣にある寺子屋を訪れた其角は、7歳のお秋という女の子が書いた字と、以前詠んだという句に感心し、自分の弟子にしたいと申し出る。以後お秋は、読み書きの稽古と俳諧の稽古をあわせて受けるようになり、めきめきと腕を上げていく。「秋」の名に「色」の字を加え、俳名を「秋色」と名乗るようになった。父の六右衛門はその日暮らしの菓子職人で、娘が俳諧を習っていることをしばらく知らずにいた。

お秋が数え13のとき、師に連れられて上野の花見に出かけた。清水堂のそばで、酒に酔った職人2人が井戸のそばでよろける様子を見たお秋は、とっさに句を詠んで桜の枝にかけた。この句がたまたま通りかかった宮様の目にとまる。お秋の父も奉行所へ呼び出され、事情を尋ねられることになった。

翌日、お秋は宮様の御前に呼ばれ、その場でお題を出されて即座に句を返した。物おじしない受け答えとできのよい句を褒められ、多くの褒美を受けて帰る。この一件のあと、お秋はたびたび宮様や大名家から声がかかるようになり、暮らし向きも豊かになったので、小網町に家を構えて「俳諧指南」の看板を掲げ、女宗匠として知られるようになった。

ある日、お秋は宮様のもとへ参上する道中、父にその様子を見せたいと思い、供の者と偽って連れて行く。帰り道、雨の中で駕籠に乗ったお秋は、腹痛を装って駕籠屋を薬を買いに行かせ、その間に父と乗り物を入れ替えた。歩いて帰る親と駕籠で帰る娘では釣り合わないと考えてのことだったが、この話はいつしか世間に知れ渡り、お秋は親孝行な娘として褒美を受けることになる。のちに照降町で煎餅屋を開き、その店は「秋色庵」の名で今も残るという。上野に立つ桜は「秋色桜」と呼ばれるようになった。

成立と背景

秋色を名乗った俳人は江戸中期に実在した女性で、寛文9年〈1669年〉ごろに江戸で生まれたとされる。没したのは享保年間とされる。

夫も宝井其角の門人だった俳人だったと伝えられる。

上野公園内の清水観音堂には、代を重ねた九代目にあたる秋色桜とともに、秋色女の句を刻んだ碑が今も建っている。

史実に基づく読み切り講談の一つで、女性の講談師が演じることが多いほか、浪曲で演じられることもある。

この演目を調べる・聴く

講談は演者によって筋や読み方の細部が変わります。ここに書いたあらすじは一つの形で、 実際の高座とは違うことがあります。

出典

  1. 講談 知っておきたい日本の古典芸能瀧口雅仁 編著丸善出版2019年

上の本で確認した事実をもとに、文章は寄席ミルが書き起こしたものです。本文の引き写しはしていません。

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