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浜野矩随はまののりゆき
不器用な二代目が母のために観音を彫り上げ、その裏で母が命を絶つ一席。
一席物(一話で完結する話)。系統は芸道物(役者や芸人の話。役者伝ともいう。)
あらすじ
腰元彫りの名人・浜野矩安は早くに亡くなり、息子の矩随が跡を継ぐ。ところが生来の不器用で、今では芝神明前の若狭屋新兵衛だけが、どんな物を持って行っても買い上げてくれる。
ある日、若狭屋は気の入っていない仕事を叱り、手切れ金を渡す。矩随が修業に出ると言って家を出ようとすると、母親が呼び止め、自分のために観音を彫ってほしいと頼む。矩随は心を入れ替え、不眠不休で観音像を彫り上げる。それを見た母は、若狭屋へ持って行って三十両で買い上げてもらえと言い、茶碗の水を半分ずつ飲んで見送る。
若狭屋は先日のことを詫び、持ち込まれた観音像を父・矩安の作と思うが、矩随が彫ったものだと知って三十両を渡す。これほどの物を彫れた訳を尋ねると、矩随はすぐに帰れと言われる。家に戻ると母はすでに亡くなっていた。これを機に矩随は開眼し、のちに名人と呼ばれるようになる。
成立と背景
浜野矩随は実在した金工家(1736年〜1769年)である。講談から移されて落語でも演じられる。
ほかの芸能でも演じられます
この演目は落語でも演じられています。同じ題材でも、 芸能によって筋の運びや読みどころが変わります。
- 落語「浜野矩随」
彫り物の腕が未熟だった職人が、死を覚悟した母の頼みで観音像を彫り上げ、評価を得ると同時に母を失う話。
もとは講談で、そこから落語へ移された。浜野矩随は実在した金工家(1736年〜1769年)である。(講談事典)
この演目を調べる・聴く
- 国立国会図書館サーチ
この演目の本・速記本・レコードの目録。誰が演じ、いつ出たものかが分かります。
- 歴史的音源(れきおん)
戦前を中心とした録音。同じ演目を誰が吹き込んだかが並びます。
- 歴史的音源(自宅で聴ける分だけ)
上の検索を、インターネット公開されている音源だけに絞ったものです。
講談は演者によって筋や読み方の細部が変わります。ここに書いたあらすじは一つの形で、 実際の高座とは違うことがあります。
出典
- 『講談事典』瀧口雅仁、丸善出版、2023年
上の本で確認した事実をもとに、文章は寄席ミルが書き起こしたものです。本文の引き写しはしていません。

