浜野矩随はまののりゆき
彫り物の腕が未熟だった職人が、死を覚悟した母の頼みで観音像を彫り上げ、評価を得ると同時に母を失う話。
あらすじ
刀の柄や鍔に彫刻を施す腰元彫りの名工だった父の跡を継いだ息子は、腕が未熟で買い手がつかず、なじみの道具屋の主人が一分という安い値で買い上げてくれるのみだった。ある日、持ち込んだ彫り物のできがあまりに悪く、主人は珍しく厳しい口調で叱りつけ、手切れの金を渡して「死んでしまえ」と言い放った。
悔しさを抱えて家に帰った息子は、伊勢参りに行くと言って金を置いて出て行こうとするが、母親に本当の事情を見抜かれてしまう。母親は「死ぬ前に、私のために観音様を彫ってほしい」と頼み、息子は冬の寒さの中で水をかぶり、寝食を忘れて彫り上げた。
冬の寒さの中で出来上がった観音像を見た母親は、それを道具屋に持って行き、相応の値で買い取ってもらうようにと静かに告げた。そして茶碗に汲んだ水を自分が半分飲み、残りの半分を息子に飲ませてから、笑顔で送り出した。
観音像を見た道具屋の主人は、先だっての言葉を詫びながら深く頭を下げ、亡くなった名工の作がまだ残っていたのかと驚く。息子が自分の作だと明かすと、主人は相応の金を支払い、どうしてこれほどの物が彫れたのかと尋ねた。息子が母に飲まされた水の意味を語りながら家に戻ると、母はすでに息を引き取っていた。これをきっかけに息子の腕は開眼し、後に名人と呼ばれるようになったという。
主人が「どうしてこんな像を彫れたんだ」と尋ねると、息子は母が飲ませたのが今生の別れの水盃だったのだと明かす。
ほかの芸能でも演じられます
この演目は講談でも演じられています。同じ題材でも、 芸能によって筋の運びや読みどころが変わります。
- 講談「浜野矩随」
不器用な二代目が母のために観音を彫り上げ、その裏で母が命を絶つ一席。
もとは講談で、そこから落語へ移された。浜野矩随は実在した金工家(1736年〜1769年)である。(講談事典)
この演目を調べる・聴く
- 国立国会図書館サーチ
この演目の本・速記本・レコードの目録。誰が演じ、いつ出たものかが分かります。
- 歴史的音源(れきおん)
戦前を中心とした録音。同じ演目を誰が吹き込んだかが並びます。
- 歴史的音源(自宅で聴ける分だけ)
上の検索を、インターネット公開されている音源だけに絞ったものです。
落語は演者によって筋やサゲの細部が変わります。ここに書いたあらすじは一つの形で、 実際の高座とは違うことがあります。
出典
- 『古典・新作 落語事典』瀧口雅仁、丸善出版、2016年
上の本で確認した事実をもとに、文章は寄席ミルが書き起こしたものです。本文の引き写しはしていません。

