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真田幸村さなだゆきむら
真田昌幸の子幸村が、幼少期の機知から豊臣秀頼に仕えての大阪の陣での戦いまでを追う。冬の陣で真田丸を守り抜き、夏の陣では家康の本陣近くまで攻め込む。
連続物(何席にもわたって続く長い話)。系統は軍談(合戦を読む。講談のもとになった種類。)
あらすじ
真田幸村は真田安房守昌幸の次男として元亀元年に生まれた。父の主家武田家が天正十年に滅びた際、幸村は十三歳で、父に従う一行が上杉景勝の軍勢に行く手を阻まれると、単身無腰で上杉方の陣に赴いて交渉し、通行を認めさせた。
後年、病床にあった父昌幸は幸村に、関ヶ原の地形を描いた絵図面を示し、大阪方が入城した場合にこの地まで出て関東勢を迎え討つべしとの策を伝えた。昌幸は、策の是非よりもそれを用いる者があるかどうかが肝要だと幸村に語った。
慶長十九年、徳川方五十万の大軍が大阪城を攻めた冬の陣で、幸村は出城真田丸に籠って戦った。藤堂高虎の軍勢が茶臼山の砦を攻めると、幸村は十五歳の子大助幸昌に夜討ちをかけさせ、これを退けた。和議の後、徳川方は約定に反して外濠に続き内濠まで埋め立てた。
翌年の夏の陣では、幸村は徳川家康の本陣に迫り、家康は大久保彦左衛門に背負われて芦の茂みに逃れた。豊臣方の敗色が濃くなると、幸村は秀頼に薩摩への脱出を勧め、自らの身代わりに穴山小助を、秀頼の身代わりに木村主計頭を立てて城を脱した。身代わりの穴山小助は天王寺付近の戦闘で本多忠朝を討ち取った後に討死し、大阪城は五月七日に落城した。秀頼と幸村は薩摩へ逃れ、秀頼は病を得て二十四歳で没し、幸村もその地で没したと伝えられる。ただし両者とも大阪城で討死したとの説もあり、真偽は史家に委ねるとされている。
本の章立て
42章『講談名作文庫』(講談社)の本文に出てくる見出しを、本の並びのまま挙げています。この巻の章は、話の中の場面を指しています。筋はここには書いていません。印の付いたものは、文字の読み取りに確信が持てなかった題です。
- きのうにかわるきようの身の上
- 負うた子に教わる浅瀬
- 血に餓えて夜泣きをする名剣
- 天体の乱れに知る、天下の異変
- 親子兄弟が敵と味方に
- 孤城一つに天下の大軍を釘づけ
- 用いざれは孔明たりともすなわち臥竜
- 関所の前でにわかの仮病
- うへつ、ふっそうなご家来衆*
- 度肝を抜かれた両重役
- 突っ張りすぎた欲の皮
- 苦肉に報いる苦肉の策
- おのれ家康、覚悟におよべっ
- びつくりぎようてん、大助初陣の功名
- デマに迷うな、放言を信するな
- くわばらくわばら、死んでも命があるように
- 絶体絶命、九死に一生の大御所
- いやはや、褞袍姿の将軍家
- 名代に立ったが運の尽き
- 無念残念、長蛇を逸す
- 城中に秘密をもらす曲者あり
- 毒には毒を、敵には敵をの妙計
- ねらいを定めた秘蔵の短筒
- 命を芥の人海戦術
- 敵をはかるはまず味方から
- 知らぬが仏の大御所家康
- 屍の山、血汐の河の負け戦
- 三十六計逃けるにしかず
- 敵の本陣に通しる秘密の間道
- そこは泣く子と地頭の権力
- ああ予の首は無事であったか
- 牝鶏暁を告げてその家滅ふとか
- 哄笑微笑の平和攻勢
- 使命は重し血判見届けの使者
- 天なり命なり、千秋の恨事
- 翼をもがれた鳥も同*
- 虎の威を仮る狐の勢い
- 二世かける妻白妙の遺書
- 貰い首の功名で二百石
- 奇妙な命令、不思議な下知
- 回天最後の大奇計
- 恨みを呑んで薩摩落ち
読み方の違い
同じ演目でも、演者によって細部が変わります。分かっている違いを並べています。
- 結末について、秀頼・幸村がともに薩摩へ逃れその地で没したとする説と、大阪城で討死したとする説の両方が本文中に併記されている。
この演目を調べる・聴く
- 国立国会図書館サーチ
この演目の本・速記本・レコードの目録。誰が演じ、いつ出たものかが分かります。
- 歴史的音源(れきおん)
戦前を中心とした録音。同じ演目を誰が吹き込んだかが並びます。
- 歴史的音源(自宅で聴ける分だけ)
上の検索を、インターネット公開されている音源だけに絞ったものです。
講談は演者によって筋や読み方の細部が変わります。ここに書いたあらすじは一つの形で、 実際の高座とは違うことがあります。
出典
- 『講談名作文庫(真田幸村・水戸黄門・大岡政談・柳生旅日記・赤穂義士銘々伝・太閤記・鼠小僧次郎吉・いれずみ奉行・弥次喜多道中記・寛永三馬術・清水次郎長・塚原卜伝・大久保彦左衛門・雷電為右衛門・左甚五郎・幡随院長兵衛・田宮坊太郎・国定忠治・一休和尚漫遊記・伊達騒動・天保六花撰・快傑自来也・由井正雪・荒木又右衛門)』講談社 編、講談社、1976年(電子版 2013〜2014年)
上の本で確認した事実をもとに、文章は寄席ミルが書き起こしたものです。本文の引き写しはしていません。

