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講談の演目

佐倉義民伝さくらぎみんでん

御記録物連続物意地義理人情百姓悪人下総実説

別題: 佐倉宗五郎

下総佐倉の名主・木内宗五郎が、重い年貢に苦しむ領民のため将軍家へ直訴し、一家もろとも刑死する連続物。

連続物(何席にもわたって続く長い話)。系統は御記録物(大名家に伝わる記録や御家騒動。金襖物ともいう。)

あらすじ

四代将軍家綱の世、下総国佐倉の百姓である木内宗五郎が、上野寛永寺で将軍家に直訴に及ぶ。訴えたのは領主堀田上野介の苛政だった。当時の堀田家は印旛沼の干拓にかかっており、工費がかさむため領民へ重い年貢を課していた。名主役の宗五郎はやむにやまれず非常手段に出たのである。

堀田上野介は取り調べを受けるが、堀田家へ身柄を預けられた宗五郎の一家五人は、上野介の手で刑死させられる。

一家の処刑ののち、いったんは村に平安が訪れるが、再び悪政が行われる。宗五郎のたたりか上野介は気が触れ、家は断絶する。のちに上野介が頭を丸めて宗五郎一家の菩提を弔った、という結びが付くこともある。

各席

1

手元の本に題と筋が載っている席だけを並べています。席の分けかたと題は演者によって変わります。

  1. 1. 甚兵衛渡し国元へ帰される宗五郎が松崎の渡しに着くと、舟は役人の命で鎖でつながれていた。渡し守の甚兵衛は斧で鎖を断ち切って舟を出す。妻子と涙の別れをした宗五郎を追う目明しを、甚兵衛は舟の板子で打って沼へ投げ込み、宗五郎を対岸へ渡したのち自らも沼へ身を投げる。それを知った宗五郎は直訴を決意する。別題は「宗五郎子別れ」。

成立と背景

江戸時代の後期、この話を得意にした石川一夢が困窮して台本を質に入れたところ、高座で聴きたいと願った客が質から出させたという逸話が残る。今も高座でよく演じられており、「宗五郎子別れ」「甚兵衛渡し」と呼ばれる場面が抜き読みされる。

読み方の違い

同じ演目でも、演者によって細部が変わります。分かっている違いを並べています。

ほかの芸能でも演じられます

この演目は浪曲でも演じられています。同じ題材でも、 芸能によって筋の運びや読みどころが変わります。

この演目を調べる・聴く

講談は演者によって筋や読み方の細部が変わります。ここに書いたあらすじは一つの形で、 実際の高座とは違うことがあります。

出典

  1. 講談事典瀧口雅仁丸善出版2023年

上の本で確認した事実をもとに、文章は寄席ミルが書き起こしたものです。本文の引き写しはしていません。

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