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講談の演目

村井長庵むらいちょうあん

お裁き物連続物殺し騙り幽霊裁き江戸

医者を騙って開業した村井長庵が、金のために身内や患者を次々に手にかけながら暮らし、最後は大岡越前守の裁きで処刑される連続物。

連続物(何席にもわたって続く長い話)。系統はお裁き物(奉行の裁きを読む。政談ともいう。)

あらすじ

駿河国江尻の百姓の家に生まれた長助は、放蕩の末に勘当されて江戸へ出る。楽に稼げる仕事として医者を選び、医学書「傷寒論」を丸暗記しただけで麹町平河町に「村井長庵」の看板を掲げるが、すぐに実力のなさが知れて患者が離れ、金に困って悪事に手を染めるようになる。

国元から金策に出てきた妹の夫・重兵衛と姪の小夜を利用し、小夜を吉原に売り飛ばした上で重兵衛を殺して金を奪い、罪を別人に着せる。その後も小夜の妹お梅を吉原に売り、別の妹おとせを仲間に殺させ、さらに伊勢屋の若旦那から身請け話の名目で金をだまし取るなど、目先の金のために悪事を重ねていく。

享楽的な暮らしを続けていた長庵だったが、最初の重兵衛殺しの目撃者が名乗り出たことから大岡越前守の取り調べを受けることになり、最終的に磔獄門に処せられる。

各席

12

手元の本に題と筋が載っている席だけを並べています。席の分けかたと題は演者によって変わります。

  1. 1. お小夜身売り駿州大平村で百姓の子に生まれた長助は、十五の歳に江戸へ出て医者になろうと思い立ち、麹町平河町で村井長庵を名乗って店を開く。金の工面に困った国元の妹夫婦(亭主の重兵衛と娘のお小夜)が訪ねてくると、長庵はお小夜を松葉屋という吉原の見世に六十両で売り払う。
  2. 2. 重兵衛殺し長庵は、娘を売った六十両を懐に故郷へ帰ろうとする重兵衛を、札の辻で殺す。
  3. 3. 雨夜の裏田圃江戸へ出てきた義理の妹おとせが目障りになった長庵は、仲間の三次に始末を頼む。おとせは吉原の裏の田圃で殺される。その後、三次はおとせの亡霊に取りつかれ、ついに召し捕られる。
  4. 4. 久八の生い立ち(上)京で精進料理をこしらえる職人であった藤兵衛は、妻を亡くしたのを機に江戸の親戚を頼ろうとするが、その道中、駿州岩淵村の地蔵堂の脇で幼い息子の藤松を手放してしまう。残された子は百姓の久右衛門夫婦に引き取られ、久八という名で育つ。
  5. 5. 久八の生い立ち(下)大きくなり、自分が育ての親の実子ではないと知った久八は江戸へ出る道を選び、神田三河町で質屋と両替を営む伊勢屋五兵衛のもとに雇われる。ひどくけちなことで陰口を叩かれる主人に仕えながらも真面目に勤め上げ、やがて番頭の地位を任されるまでになる。
  6. 6. 小夜衣千太郎〜なれそめ富沢町の古着屋・甲州屋徳兵衛の次男千太郎は伊勢屋の養子に入る。質屋仲間の新年の寄合に誘われて初めて訪れた吉原で花魁小夜衣(お小夜)に惚れ込み、頻繁に通うようになる。
  7. 7. 小夜衣千太郎〜長庵のかたり小夜衣という花魁に夢中になっている千太郎の前に長庵が姿を見せ、身請けの段取りをつけてやると持ちかける。言われるまま主人五兵衛の部屋から五十両を持ち出して渡した千太郎だったが、以後長庵からは何の連絡もなく、まんまと金だけ奪われたことにようやく気づく。
  8. 8. 小夜衣千太郎〜久八放逐事の次第を打ち明けられた久八は、自分がこれまで貯めた給金を店の穴埋めに充てると請け合うが、先に主人の五兵衛が帳簿の五十両の不一致に気づいてしまう。結局久八は店を追い出される羽目になるが、千太郎の名を出すことは最後までしない。
  9. 9. 小夜衣千太郎〜さみだれ噺久八は叔父六右衛門の家で世話になっていたが、そこへ千太郎が訪ねてきて、家督相続の際には身代金の半分を進上するという証文を渡す。千太郎の様子に喜んだ久八は、六右衛門に初めて真相を打ち明ける。
  10. 10. 小夜衣千太郎〜千太郎殺害改心したはずの千太郎がなお吉原に出入りしているのを見た久八は千太郎をなじるが、その直後に千太郎は急死する。久八は殺人の疑いをかけられるが、千太郎に心臓の持病があったことが判明し無罪放免となる。
  11. 11. 瀬戸物屋忠兵衛(上)八年前のこと、瀬戸物を商う忠兵衛は平河天神の境内で、長庵が斬った犬を前に「これで二度目の人殺しだ」と独りごちる場に居合わせていた。家に戻ってから、近所の藤掛道十郎が重兵衛を手にかけた咎で捕らわれたことを知った忠兵衛は、本当に手を下したのは長庵だと悟る。
  12. 12. 瀬戸物屋忠兵衛(下)年月を経て道十郎の身内と再び顔を合わせた忠兵衛が「あれは無実の罪だった」と口を滑らせたことがきっかけとなり、大岡越前守が改めて調べ直した結果、長庵はついに磔の上獄門という重い刑に処される。久八のほうは伊勢屋五兵衛にすべてを打ち明け、店の跡取りにと望まれることになる。

成立と背景

大岡越前守が調べに当たった悪党のうち「これだけは許せない」とされた三人(三政談)の一人とされる。

松之丞は「慶安太平記」の次にこの演目を教わっている。

この演目を調べる・聴く

講談は演者によって筋や読み方の細部が変わります。ここに書いたあらすじは一つの形で、 実際の高座とは違うことがあります。

出典

  1. 講談入門神田松之丞/編・文 長井好弘/写真 橘蓮二河出書房新社2018年

上の本で確認した事実をもとに、文章は寄席ミルが書き起こしたものです。本文の引き写しはしていません。

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