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講談の演目

名医と名優めいいとめいゆう

芸道物一席物恩返し義理人情芝居役者江戸実説

別題: 男の花道、名優と名医

旅先で目の病を治してもらった役者が、恩人の危機を知って舞台を空け、客席の許しを得て駆けつける一席。

一席物(一話で完結する話)。系統は芸道物(役者や芸人の話。役者伝ともいう。)

あらすじ

文化・文政のころ、長崎で眼科の修業を積んだ半井源太郎が江戸へ帰る途中、東海道の金谷の宿に泊まったところ、同じ宿で役者の三代目中村歌右衛門が病に苦しんでいると耳にする。診ると風眼という病で、半井の手当てで全快した歌右衛門は、先生の身に一大事があればいつでも駆けつけると約束して別れる。

三年後、歌右衛門は立派な役者になったが、半井は貧しい医者のままだった。あるとき半井が向島の料亭の席で、酒癖の悪い土方縫之助から踊れと迫られる。刀の柄に手をかけられても首を縦に振らず、しかるべき踊り手ならばと口にする。坂東三津五郎か中村歌右衛門かと迫られ、つい歌右衛門の名を出してしまい、引くに引けず、中村座に出演中の歌右衛門へ急いで手紙を送る。

命の恩人からの手紙を受け取った歌右衛門は、金谷の宿での一件と恩人に迫る危機を客席に話し、しばらく待ってほしいと頼む。客からは温かい言葉が返る。向島では半井がまさに腹を切ろうとしていたところへ歌右衛門が到着し、踊りを見せる。中村座へ戻ると客は一人も帰っておらず、歌右衛門は『熊谷陣屋』を演じてみせる。

成立と背景

浪曲や映画にもなった話で、その場合、医師の半井源太郎を土生玄碩とすることがある。明治期に実業家として知られ、講談作家であり自らも高座に上がった細川幽谷(1867年〜1919年)の作品である。

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講談は演者によって筋や読み方の細部が変わります。ここに書いたあらすじは一つの形で、 実際の高座とは違うことがあります。

出典

  1. 講談事典瀧口雅仁丸善出版2023年

上の本で確認した事実をもとに、文章は寄席ミルが書き起こしたものです。本文の引き写しはしていません。

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