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講談の演目

奉行と検校ぶぎょうとけんぎょう

出世譚一席物出世裁き修行名奉行江戸実説

別題: 検校と町奉行、出世競べ

中山道で出会った盲目の少年と侍の子が出世を競い、三十年後に検校と奉行として再会する一席。

一席物(一話で完結する話)。系統は出世譚(低い身分から身を立てるまでを読む話。)

あらすじ

宝暦10年(1760年)の師走、中山道の大宮宿で、七歳のときに失明し検校の位を得たいと願う十五歳の辰之助と、奉行になることを夢見る十六歳の芳太郎が出会う。一緒に江戸へ向かい、出世を競うことを約束して別れる。

頼りにしていた叔父が引っ越していて途方に暮れた辰之助は、駕籠とぶつかって怪我をする。手当てをしてくれた屋敷の主は旗本の内藤安芸守で、辰之助は世話になりながら雨富検校のもとで学ぶ。

ある日、山口屋善兵衛の家で施術をしていると、さんずいに吉という字の土地を探している人がいるという。辰之助は油町ではないかと答える。理由を問われると、手紙を書いた者が油という字を知らず、さんずいに由と聞いて吉と取り違えたのだろうと説く。こうして評判が上がり、辰之助は勾当から検校へ進んで、塙保己一と名を改める。

ある日、南町奉行の根岸肥後守から呼び出しを受け、年に五十石を遣わすと告げられる。その奉行こそ芳太郎だった。二人は三十年ぶりの再会を喜び、根岸肥後守はその後も公平な裁きを続け、保己一は総検校となる。

成立と背景

同じ筋立てで、東海道の三島宿で出会った、のちの柳沢美濃守と鍼術の杉山和一を扱う『出世くらべ』という話もある。塙保己一の物語としては、母が縫ってくれた巾着袋を生涯大切にしたことを描く宝井琴梅の『愛の巾着袋』、江戸へ出るときにわらじの紐が切れて冷たくあしらわれたことを忘れずに出世していく神田紅純の『怨みの銭緒』がある。

この演目を調べる・聴く

講談は演者によって筋や読み方の細部が変わります。ここに書いたあらすじは一つの形で、 実際の高座とは違うことがあります。

出典

  1. 講談事典瀧口雅仁丸善出版2023年

上の本で確認した事実をもとに、文章は寄席ミルが書き起こしたものです。本文の引き写しはしていません。

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