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講談の演目

荒木又右衛門あらきまたえもん

武芸物連続物敵討ち剣術果たし合い修行剣豪江戸上方

並外れた度胸と剣才を持つ荒木又右衛門は、諸国で修行を重ねて柳生流の奥義を極め、義弟渡辺数馬の助太刀として伊賀上野の決闘で本懐を遂げる。

連続物(何席にもわたって続く長い話)。系統は武芸物(剣豪・武芸者の話。)

あらすじ

伊賀国の郷士荒木彦太夫の子丑之助は、生まれつき度胸が据わり、幼くして山中で見知らぬ大男に出くわしても物怖じしない子供だった。11歳から神道流の山田幸兵衛に剣を学び、13歳で奈良の宝蔵院に入門して槍術を修める。入門したその日に道場一の乱暴者から挑まれるが、身軽な動きで相手を翻弄してみせ、師の覚禅坊胤栄に才を見込まれた。

宝蔵院で頭角を現した丑之助は、たまたま道場を訪れた柳生十兵衛三厳に見いだされて弟子となり、21歳で又右衛門の名と柳生流の奥義を授けられる。師の十兵衛からは形見として鉄扇と刀を贈られた。実家を姉夫婦に継がせたのち大坂に道場を開くが、初めは弟子が集まらず、地元の遊侠の一団に因縁をつけられる一幕もあった。これを軽くいなしたことがかえって評判を呼び、道場は繁盛するようになる。

その後又右衛門は江戸に移り、将軍家指南役の家柄である柳生流の名を掲げて道場を開き、諸大名が競って召し抱えを申し出るほどの評判を得るが、ある大名の皮肉な一言で話は立ち消えになってしまう。折しも義弟渡辺数馬の父は、河合又五郎という侍に討たれており、又五郎は旗本方にかくまわれて大名方との間に引き渡しをめぐる対立が生じていた。又右衛門は数馬の助太刀を引き受け、又五郎の行方を探る。

又五郎が護送される伊賀上野の鍵屋の辻で、又右衛門と数馬は多数の護衛の侍と斬り合いになる。又右衛門はそのほとんどを自ら斬り伏せ、数馬に本懐を遂げさせた。この戦いでは味方にも死者が出たが、又右衛門自身は傷ひとつ負わなかったという。事件後は身柄の引き取りをめぐって藤堂家・本多家・池田家の間で争いが起こり、最終的に二人は池田家に召し抱えられたが、又右衛門はほどなく40歳で世を去った。

本の章立て

43

『講談名作文庫』(講談社)の本文に出てくる見出しを、本の並びのまま挙げています。この巻の章は、話の中の場面を指しています。筋はここには書いていません。印の付いたものは、文字の読み取りに確信が持てなかった題です。

  1. 小便小僧肝っ玉が小せえぞ
  2. 雑巾踊りの槍術先生
  3. 免許皆伝、恩師の形見
  4. 首がなくてはまんまが食えねえ
  5. 情けは人のためならず
  6. 亭主、拙者は一文なしだ
  7. ハンサムのお侍
  8. どっこいお父上お危のうござる
  9. ガンと一発、父親からの肱鉄砲
  10. 見事はずれた越中ふんどし
  11. 道場開きに秘めた念願
  12. 抜く手も見せぬ手の内
  13. 柳生家からのお呼び出し
  14. 首が飛ぶかも知れぬぞっ
  15. 独壇場の奉書試合
  16. 早桶をかついでの出迎え
  17. 超スピードのゴールイン
  18. 馬の耳に念仏、平ちゃらでござる
  19. 一刀のもとに恩人をパッサリ
  20. ちんコロ大名に驚くな
  21. あわや天下の一大事
  22. 知恵伊豆、苦心の死諫問答
  23. 天下のために捨てる命
  24. 数馬っ、助太刀なぞは真っ平じゃ
  25. 心底見えた、呼び戻せ
  26. その手は桑名の焼き蛤
  27. 槍は蝉さし、弓はたんぼのかかし流
  28. 甚左、甚ス、サイザンス*
  29. 転んでもただは起きない甚左衛門
  30. 三十六計どろんの法
  31. 万策つきて窮余の一計
  32. 揚げ総花の大尽あそび
  33. 遊女のながす誠の涙
  34. 鬼玄丹とは猫のようなやつ
  35. 故知にならった燈台下暗しの計
  36. 泥棒ならぬ逃げ棒だ
  37. 晴れて出で立つ仇討ちの旅
  38. 兄妹、因果の小ぐるま
  39. 矢田の献策、流言の計
  40. 大津の宿の伊賀越え評定
  41. 袋の中のねずみ戦術
  42. はて珍妙な馬そろえ
  43. ほまれの三十六番斬り

この読み物に含まれる一席

1

それぞれ独立した演目として高座にかかります。本に「『荒木又右衛門』の一席」と 書かれているものだけを並べています。

成立と背景

曽我兄弟の敵討ち、赤穂義士の討ち入りと並べて、伊賀上野における又右衛門の助太刀を天下の三大仇討ちの一つと位置づけている。

又右衛門が柳生十兵衛に見いだされて弟子となる経緯は、同じ文庫の別巻『柳生旅日記』に詳しいとして本書では大略にとどめている。

又右衛門の墓は鳥取市の玄忠寺にあると伝えている。

この演目を調べる・聴く

講談は演者によって筋や読み方の細部が変わります。ここに書いたあらすじは一つの形で、 実際の高座とは違うことがあります。

出典

  1. 講談名作文庫(真田幸村・水戸黄門・大岡政談・柳生旅日記・赤穂義士銘々伝・太閤記・鼠小僧次郎吉・いれずみ奉行・弥次喜多道中記・寛永三馬術・清水次郎長・塚原卜伝・大久保彦左衛門・雷電為右衛門・左甚五郎・幡随院長兵衛・田宮坊太郎・国定忠治・一休和尚漫遊記・伊達騒動・天保六花撰・快傑自来也・由井正雪・荒木又右衛門)講談社 編講談社1976年(電子版 2013〜2014年)

上の本で確認した事実をもとに、文章は寄席ミルが書き起こしたものです。本文の引き写しはしていません。

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