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弥次喜多道中記やじきたどうちゅうき
駿河の没落商人弥次郎兵衛と居候の喜多八の二人が、江戸から東海道を経て上方や瀬戸内まで足を延ばし、失敗続きの珍道中を繰り広げる。
連続物(何席にもわたって続く長い話)。系統は漫遊記(諸国をめぐる話。)
あらすじ
駿河国府中の商家に生まれた弥次郎兵衛は、家業を潰して江戸に流れ着き、女房にも去られた末に気晴らしの旅を思い立つ。居候をしていた若者喜多八を誘い、伊勢参りから京・大坂見物を目当てに、乏しい家財を売り払って旅支度を整えた。二人とも呑気で見栄っ張りな性分は似た者同士であり、洒落と軽口を言い合いながら江戸を出立していく。
東海道を下る道中では、大名行列に浮かれて口が過ぎたり、伊勢参りの子供の在所を言い当てたつもりが逆に一杯食わされたりと、軽口がことごとく裏目に出る。宿場では客引きの女から逃れるために親子を装うが、酒が入るとすぐに化けの皮が剥がれてしまう。開店祝いで酒をふるまわれる宿に行き当たったかと思えば、翌朝には縁起直しのつもりで挑んだ勝負に負けて損を重ねるなど、二人の道中はしくじりの連続だった。
上方に入ってからも二人の失敗癖は変わらない。大坂では捨てた富くじの札を喜多八がこっそり拾い、思いがけない大金を手にする一幕もあったが、川船の中では人の酒に粗相をしでかし、饅頭の大食い勝負を仕掛けてきた渡世人には有り金を巻き上げられるなど、儲けと損を交互に繰り返す。ふぐを膨らませて遊ぼうとした弥次郎兵衛が口を噛まれ、顔中に膏薬を貼られる羽目になる場面もあった。
瀬戸内まで足を延ばした二人は、宮島では気前の良い旦那にもてなされ、鹿の鳴き声を聞かせるという寺の余興に興じるなど、道中の終盤も呑気な調子を崩さない。江戸への帰り道では旧知の男と再会し、離縁していた弥次郎兵衛の女房の消息と、材木問屋での働き口の話を聞かされる。江戸に戻った弥次郎兵衛は女房のもとへ向かい、その後うまくいったかどうかは語られないまま道中の話は締めくくられている。
本の章立て
37章『講談名作文庫』(講談社)の本文に出てくる見出しを、本の並びのまま挙げています。この巻の章は、話の中の場面を指しています。筋はここには書いていません。印の付いたものは、文字の読み取りに確信が持てなかった題です。
- 江戸から戸塚まで
- あきれた親子
- 釜の底抜き
- 旅の道連れ
- 泥亀と胡麻の蠅
- 素人芝居の役者
- 蒲原の本陣落っこちた喜多八
- 鹿島神社の事触れ
- 田舎老爺に一杯食わさる
- 大井川のにせ侍
- ひやっ幽霊
- 浮かぶ脇差
- とんだ猿丸太夫さま
- 泣き面に蜂
- 赤坂並木の狐騒動
- 殴られた弥次さん
- にせ主従に焼き蛤
- 饅頭の食いくらべ
- 石を食ったにせ一九
- 産婆にかかった弥次郎兵衛
- 淀の川船、しびん酒
- 梯子担いで京見物
- 南無三、馬の小便
- 当たり籖八十八番
- 金毘羅船暴風雨の酒断ち
- 厳島の百八燈
- 猿にびっくり狸寝入り
- 猪の身代わり
- 木曾の名物お六櫛
- 鹿の酔っぱらい
- 酒代より高い勘定
- うまい毒饅頭
- 善光寺の胎内めぐり
- 松の上から心中見物
- にわか盲目、にわか聾
- 他人のふんどし
- 無事にお江戸へ
成立と背景
江戸後期に刊行された十返舎一九の作を原作として構成された一席であるとしている。
物語の時代設定は文化4年の正月過ぎとしている。
この演目を調べる・聴く
- 国立国会図書館サーチ
この演目の本・速記本・レコードの目録。誰が演じ、いつ出たものかが分かります。
- 歴史的音源(れきおん)
戦前を中心とした録音。同じ演目を誰が吹き込んだかが並びます。
- 歴史的音源(自宅で聴ける分だけ)
上の検索を、インターネット公開されている音源だけに絞ったものです。
講談は演者によって筋や読み方の細部が変わります。ここに書いたあらすじは一つの形で、 実際の高座とは違うことがあります。
出典
- 『講談名作文庫(真田幸村・水戸黄門・大岡政談・柳生旅日記・赤穂義士銘々伝・太閤記・鼠小僧次郎吉・いれずみ奉行・弥次喜多道中記・寛永三馬術・清水次郎長・塚原卜伝・大久保彦左衛門・雷電為右衛門・左甚五郎・幡随院長兵衛・田宮坊太郎・国定忠治・一休和尚漫遊記・伊達騒動・天保六花撰・快傑自来也・由井正雪・荒木又右衛門)』講談社 編、講談社、1976年(電子版 2013〜2014年)
上の本で確認した事実をもとに、文章は寄席ミルが書き起こしたものです。本文の引き写しはしていません。

