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講談の演目

重の井子別れしげのいこわかれ

御記録物連続物義理人情情け馬方大名上方

姫の乳母となった重の井が、道中双六を見せに来た馬子の少年を、実の子と知りながら名のれない一席。

連続物(何席にもわたって続く長い話)。系統は御記録物(大名家に伝わる記録や御家騒動。金襖物ともいう。)

あらすじ

播磨の藩主である赤松民部大輔が、城崎弾正のために失脚して、丹波亀山の由留木家へ預けられる。赤松の家老・内海与太夫は、息子の与作を由留木家の重役である伊達幾右衛門に養子へ出す。与作は伊達家の評判の侍女・重の井と相思う仲になるが、与太夫が幾右衛門を殺めたことから、与作は鈴鹿峠の馬子に身を落とす。

その間に重の井は男の子を産んで与之介と名づけ、由留木家の息女・調姫の乳母となる。与之介は伊達家の下女お牧に預けられるが、お牧が病に伏すと、三吉と名を変えて馬子として働く。同じ街道にいながら、与作と与之介は互いが親子だと気づかない。

調姫の輿入れが決まり、重の井が供をして向かう道中、姫が嫌がって一行を困らせる。そこへ馬子の三吉が現れて道中双六を見せ、姫が勝って機嫌が直る。三吉は重の井が自分の母だと告げるが、姫を預かる身として親子の名のりはできない。

やがて赤松家は滅び、与作は重の井と再会する。与之介も加わって親子で丹波亀山へ戻り、与作は伊達家を継ぐ。赤松民部大輔も内海家を再興する。与作が馬子だったころ世話になった関の小万は重の井が引き取り、城下で暮らす。

成立と背景

時代物の人形浄瑠璃『恋女房染分手綱』全十三段のうち、十段目にあたる話として知られる。近年これを演じる講談師は少ない。

この演目を調べる・聴く

講談は演者によって筋や読み方の細部が変わります。ここに書いたあらすじは一つの形で、 実際の高座とは違うことがあります。

出典

  1. 講談事典瀧口雅仁丸善出版2023年

上の本で確認した事実をもとに、文章は寄席ミルが書き起こしたものです。本文の引き写しはしていません。

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