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曽呂利新左衛門そろりしんざえもん
刀がそろりと収まる鞘を作った堺の職人が、狂歌をきっかけに秀吉へ仕える一席。
連続物(何席にもわたって続く長い話)。系統は芸道物(役者や芸人の話。役者伝ともいう。)
あらすじ
曽呂利新左衛門は大和国に住む杉本新兵衛の息子で、幼名を新作といった。そのころから学問にすぐれ、頓智に富んでいた。大坂へ出ると堺の鞘師に弟子入りして修業を始め、のちに名を新左衛門と改めた。
鞘作りの名人で、刀がそろりと抜け、そろりと納まったことから、人は曽呂利新左衛門と呼んだ。秀吉が四国征討に向けて堺に本陣を構えたとき、物価高に困る町人を代表して、四国の米を買いかねて今日も御渡海、明日も御渡海と詠んだことをきっかけに、秀吉へ仕えることになる。
以後、秀吉を笑わせ、ときに意見をしながら過ごし、慶長元年(1596年)6月に亡くなる。辞世の句は「御威光で三千世界手に入らば極楽浄土われに賜れ」であった。
成立と背景
秀吉が溺愛していた猿をこらしめる「太閤の猿」は落語でも演じられる。講談では、褒美を取らせると言われたときに、耳のにおいを嗅がせてほしいと願い出る話がある。大名の告げ口をしているように見せかけ、伊達政宗ら大名から金品を集めるという「太閤と曽呂利」である。
この演目を調べる・聴く
- 国立国会図書館サーチ
この演目の本・速記本・レコードの目録。誰が演じ、いつ出たものかが分かります。
- 歴史的音源(れきおん)
戦前を中心とした録音。同じ演目を誰が吹き込んだかが並びます。
- 歴史的音源(自宅で聴ける分だけ)
上の検索を、インターネット公開されている音源だけに絞ったものです。
講談は演者によって筋や読み方の細部が変わります。ここに書いたあらすじは一つの形で、 実際の高座とは違うことがあります。
出典
- 『講談事典』瀧口雅仁、丸善出版、2023年
上の本で確認した事実をもとに、文章は寄席ミルが書き起こしたものです。本文の引き写しはしていません。

