このページは公開前の確認用です。URLを知っている人だけが見られる状態にしてあります。 サイト内のメニュー・サイトマップには出ておらず、検索にも登録されません。 内容を確認したうえで公開に切り替えます。

講談の演目

狩野探幽かのうたんゆう

芸道物一席物細工職人上方

別題: 大津屋の置土産、遠見の山、探幽の屏風

宿を追い返されかけた若い絵師が、夜のうちに金屏風へ山水を描く。落ちた墨がそのまま遠山になる一席。

一席物(一話で完結する話)。系統は芸道物(役者や芸人の話。役者伝ともいう。)

あらすじ

絵師の狩野探幽がまだ藤兵衛と名のっていたころ、東海道の旅に出る。大津の宿で大津屋与兵衛の宿を選ぶが、みすぼらしい身なりを見た主人は追い返そうとし、先に宿代を払ったので機嫌を直す。宿は普請したてで、一番よい部屋には主人自慢の金屏風が立ててある。藤兵衛は絵を描かせてほしいと申し出るが、鳳山先生に頼むことになっているとして主人は譲らない。

そこで藤兵衛は、夜中に描いて夜明け前に発とうと考え、一気に山水画を描き上げる。出来ばえを眺めていると筆から墨が屏風に落ちたので、着物の袂に水を含ませて拭き取る。すると墨が広がり、幾重にも重なる遠くの山のようになった。

朝、絵に気づいた与兵衛が鳳山に見せると、鳳山は山水の出来を認めたうえ、何を使って描いたのか分からない連なる山に驚く。与兵衛が家宝にすると評判が広まり、大勢の客が詰めかけ、大名たちがその屏風を欲しがるようになる。

藤兵衛は山城国で修業を重ね、その腕は世に知られて、名を狩野探幽守信と改める。十年後、弟子を連れて大津の宿を訪れると、与兵衛が宿の前で絵を宣伝している。改めて挨拶をし、あの絵はまだ仕上がっていないと言って筆を取り、狩野探幽守信と落款を入れる。金屏風はのちに細川家の宝物となる。

成立と背景

一龍斎貞心が演じていたものが若手へ伝わり、さまざまな演題で読まれている。狩野探幽が出てくる話には、掛川宿で探幽と左甚五郎が同じ部屋に泊まり合わせ、探幽は金屏風に千羽の雀を描き、甚五郎はのみで床柱に大黒を彫り上げるという『掛川の宿』もあり、こちらは浪曲で演じられることが多い。

この演目を調べる・聴く

講談は演者によって筋や読み方の細部が変わります。ここに書いたあらすじは一つの形で、 実際の高座とは違うことがあります。

出典

  1. 講談事典瀧口雅仁丸善出版2023年

上の本で確認した事実をもとに、文章は寄席ミルが書き起こしたものです。本文の引き写しはしていません。

← 講談の演目一覧へ