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清水次郎長しみずのじろちょう
博打をやめて米百俵を郷里に寄進した若者が、子分石松の落命や荒神山の抗争を経て、東海道各地に名を知られる侠客の頭領となるまでを描く一代記。
連続物(何席にもわたって続く長い話)。系統は三尺物(博打打ち(渡世人)の話。)
あらすじ
清水次郎長は本姓を山本長五郎といい、清水港の米問屋坂本屋次郎八の養子となった人物で、養父の名にちなみ次郎長と呼ばれるようになったという。若い頃に家を飛び出して諸国を巡り、賭け事で得た金を元手に、凶作の年に米を買い集めて生家へ土産として届けた。父はこれを喜び、長五郎の勧めに従って米を安く分け与えたため、坂本屋の名は近隣で高く評価されるようになった。
妻お蝶を迎えて身代を立て直した次郎長のもとには、大政、小政、法印大五郎、森の石松ら多くの子分が集まった。世話になった深見の長兵衛への義理から保下田の久六を討ち、また子分石松を欺いて殺した都鳥一家を一族ともども討ち果たすなど、義理を通す働きが各地で語られるようになった。
伊勢荒神山の縄張りをめぐる争いでは、義兄弟の吉良仁吉が隠れて狙撃されたうえで討たれ、子分の大政・小政が仇を討った。次郎長は寺津の間之助・西尾の治助とともに百数十人を率いて安濃徳次郎のもとへ攻め寄せたが、安濃徳次郎が自ら頭を丸めて詫びたため、これを受け入れて和解し、仁吉の葬儀を営んだ。
晩年の次郎長は富士の裾野を開墾して村を興し、また幕府方の軍艦に乗り組んでいた者が官軍のために討たれたときにはその亡骸を引き取って弔うなど、人と争わぬよう心がけて過ごした。明治二十六年、七十四歳で穏やかに世を去り、清水港の梅蔭寺に葬られた。跡目は養子の清太郎が継いだ。
本の章立て
43章『講談名作文庫』(講談社)の本文に出てくる見出しを、本の並びのまま挙げています。この巻の章は、話の中の場面を指しています。筋はここには書いていません。印の付いたものは、文字の読み取りに確信が持てなかった題です。
- 次郎長の家出
- 怪女千里のお竹
- 濡れ手で泡の千両
- 初荷で舞い込む米百俵
- 離縁状と金五十両
- お蝶さんと祝言
- 身投げする男女を救う
- 太左衛門の太っ腹
- 東竜和尚再び現る
- 秋葉の火祭
- 文吉・友蔵と兄弟の盃
- 庵原河原の喧嘩
- 男は斬って女は親元へ
- 次郎長の仲人じゃ引っ込めねえ
- お蝶さん旅で患う
- 川の勝五郎の恩返し
- 「いはい(位牌)承知した」
- うまくいきゃあ千両だ
- 長兵衛の侠気
- 会葬場の大評定
- 女乞食に身をやつして
- 次郎長金毘羅へ祈願
- 無実の入牢
- 清水一家、代官所へ斬り込む
- 石松の金毘羅代参
- やい、十四日の四刻はどうしたっ
- 喧嘩にゃあ強いが情にはもろい
- 七五郎夫婦の忠言
- 見慣れぬ三人の旅人
- 石松だまし討ちにかかる
- 女房の度胸に恐れ入る
- 七五郎夫婦のかけ引き
- 石松最期の啖呵
- 都鳥っやりやがったな
- 頭を丸めた七五郎
- 女の口から意外な聞き込み
- 石松の敵、礼に来たっ
- 安濃徳次郎の野望
- 仁吉の男前
- 次郎長一家の腕貸し
- 荒神山へ乗り込む
- 血だるまになった仁吉
- 安濃徳のざんげ
ほかの芸能でも演じられます
この演目は浪曲でも演じられています。同じ題材でも、 芸能によって筋の運びや読みどころが変わります。
- 浪曲「清水次郎長伝」
幕末から明治にかけて実在した清水次郎長と、その子分たちの抗争を描く長編の侠客伝です。二代目広沢虎造の口演で広く知られました。
浪曲は講談から受け継いだ。『浪曲事典』は、二代広沢虎造も、神田伯山の次郎長伝を熱心に写すことで成功したと記している。(浪曲事典)
この演目を調べる・聴く
- 国立国会図書館サーチ
この演目の本・速記本・レコードの目録。誰が演じ、いつ出たものかが分かります。
- 歴史的音源(れきおん)
戦前を中心とした録音。同じ演目を誰が吹き込んだかが並びます。
- 歴史的音源(自宅で聴ける分だけ)
上の検索を、インターネット公開されている音源だけに絞ったものです。
講談は演者によって筋や読み方の細部が変わります。ここに書いたあらすじは一つの形で、 実際の高座とは違うことがあります。
出典
- 『講談名作文庫(真田幸村・水戸黄門・大岡政談・柳生旅日記・赤穂義士銘々伝・太閤記・鼠小僧次郎吉・いれずみ奉行・弥次喜多道中記・寛永三馬術・清水次郎長・塚原卜伝・大久保彦左衛門・雷電為右衛門・左甚五郎・幡随院長兵衛・田宮坊太郎・国定忠治・一休和尚漫遊記・伊達騒動・天保六花撰・快傑自来也・由井正雪・荒木又右衛門)』講談社 編、講談社、1976年(電子版 2013〜2014年)
上の本で確認した事実をもとに、文章は寄席ミルが書き起こしたものです。本文の引き写しはしていません。

