浪曲の演目

清水次郎長伝しみずのじろちょうでん

侠客伝講談が原作黒駒勝蔵小政森の石松清水次郎長大政京都駿河大坂東海道幕末義理と人情実在の人物が題材敵討ち博打打ち金毘羅宮三十石船続き物

別題: 次郎長伝

幕末から明治にかけて実在した清水次郎長と、その子分たちの抗争を描く長編の侠客伝です。二代目広沢虎造の口演で広く知られました。

続き物(何席にも分かれて語られる長い話)。系統は侠客伝

あらすじ

主人公の清水次郎長は、駿河国有渡郡清水港に住んだ山本長五郎という侠客です。次郎長のもとには大政・小政・大瀬半五郎・森の石松ら多くの子分がおり、東海道の各地の一家との争いを重ねていきます。物語は一席で完結せず、場面ごとに読み分けられます。

『浪曲論』は全体をおおむね6つの場面に整理しています。増川仙右衛門の父の敵を討つ「秋葉の火祭り」、逃亡中に妻のお蝶を亡くし、匿ってくれた鯱の長兵衛を死なせた保下田久六と代官を斬る「尾張の受難」、その刀を金毘羅宮に納めに行った石松が帰路で騙し討ちに遭う「石松代参(三十石)」、石松の死後に桶屋の鬼吉が黒駒勝蔵一家と争う「鬼吉の喧嘩状」、名古屋の勝五郎が仏壇まで売って一文無しの次郎長一行を世話する「勝五郎の義心」、伊勢荒神山の縄張り争いが次郎長と黒駒勝蔵の代理戦争になる「荒神山」です。

2冊のうち筋を通して書けるのは「森の石松と三十石船道中」の一席だけです。ほかの場面は『浪曲論』に書かれた範囲でまとめています。

主な一席

10

このほか、題名だけが挙げられている一席: 「秋葉の火祭り」、「尾張の受難」、「勝五郎の義心」、「保下田久六」、「清水三下奴」、「鬼吉の喧嘩状」、「大瀬半五郎」、「荒神山」、「本座村為五郎」

成立と背景

モデルは実在の侠客・清水次郎長(本名 山本長五郎、文政3年〈1820年〉〜明治26年〈1893年〉)です。もとは講談で、三代目神田伯山の読み物として人気を得ました。『浪曲論』は、伯山が松廼家太琉からの聞き取り、天田五郎『東海遊侠伝』、当時存命だった三代目お蝶への取材をもとに次郎長伝をまとめたと記しています。

浪曲では初代玉川勝太郎(明治14年〈1881年〉〜大正15年〈1926年〉)が得意とし、二代目勝太郎(明治29年〈1896年〉〜昭和44年〈1969年〉)も十八番としていました。その後、伯山の講談に惚れ込んだ二代目広沢虎造(明治32年〈1899年〉〜昭和39年〈1964年〉)が昭和に入って節をつけ、ラジオで演じて広まりました。『浪曲論』は、三十石の「飲みねえ食いねえ」のやり取りなど、伯山の講談には無い虎造の創作が含まれると見ています。

昭和5年(1930年)8月にラジオで5回の連続口演が行われ、戦後は民間放送の連続浪曲として定着しました。虎造の次郎長伝は30席あまりに及びますが、現在は演じられなくなった部分もあります。虎造が出演した映画『次郎長三国志』(昭和27〜29年、マキノ雅弘監督、全9作)は村上元三の原作で、荒神山を笠砥山とするなど浪曲とは異なる脚色がされています。

演じてきた人

初代・二代目玉川勝太郎、二代目広沢虎造。虎造の没後は門下の虎之助が昭和41年(1966年)に三代目虎造を襲名しました。浪曲教室の出身で虎造の節真似を得意とした広沢若太郎も演じています。

ほかの芸能でも演じられます

この演目は講談でも演じられています。同じ題材でも、 芸能によって筋の運びや読みどころが変わります。

浪曲は講談から受け継いだ。『浪曲事典』は、二代広沢虎造も、神田伯山の次郎長伝を熱心に写すことで成功したと記している。(浪曲事典)

この演目を調べる・聴く

浪曲は演者によって筋や節の細部が変わります。ここに書いたあらすじは一つの形で、 実際の高座とは違うことがあります。

出典

  1. 浪曲・怪談 知っておきたい日本の古典芸能瀧口雅仁 編著丸善出版2019年
  2. 浪曲論[増補改訂版]稲田和浩彩流社2022年

上の本に書かれている事実をもとに、文章は書き起こしたものです。本の文章は転載していません。

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