このページは公開前の確認用です。URLを知っている人だけが見られる状態にしてあります。 サイト内のメニュー・サイトマップには出ておらず、検索にも登録されません。 内容を確認したうえで公開に切り替えます。

講談の演目

阿武松緑之助おうのまつみどりのすけ

力士伝一席物出世相撲情け力士江戸

別題: 阿武松

大飯食らいのために相撲部屋を出された若者が、大食を認めてくれる親方に拾われ、横綱にまで上る一席。

一席物(一話で完結する話)。系統は力士伝(相撲取りの話。)

あらすじ

六代目横綱の阿武松緑之助は能登国の漁師の子で、はじめの名を長吉といった。幼いころから体が大きく、大飯食らいでもあった。困った父親は名主の六兵衛に相談したうえで、江戸の相撲部屋へ預けることにする。長吉が入ったのは新橋竹川町の武隈部屋で、親方は体つきを見て入門を許し、小車の四股名を与える。ところが、ここでも大飯食らいが問題になり、長吉は国へ帰されることになる。

長吉は川の河原で死のうと思うが、懐にある一分の金で腹いっぱい食べてからにしようと考え、近くの宿屋に入る。長吉の食いっぷりに感心した主の半兵衛は、その身の上を聞き、毎日三升ずつの食い扶持を用意する親方がいるから、そこへ行くように勧める。話を聞いたその親方は、相撲を取る者が飯を食うのは当たり前だと言って好きなだけ食べさせ、小緑長吉の名を与える。

小緑はとんとん拍子に出世し、文政5年(1822年)春には小柳長吉と改名して幕内に上がる。その場所の五日目、かつての師である武隈文右衛門と当たることになる。小柳はもろ差しから武隈を土俵の外へ抱え出して白星を取る。その後、文政9年に大関、文政11年に六代目横綱となり、名を阿武松緑之助と改める。

成立と背景

落語では『阿武松』の題で同じ内容が演じられる。講談ではこの後、女房のおよしが男と密通して出奔し、のちに女乞食となって再会するが、大金を恵んで離縁するという場や、め組の頭と大喧嘩をしてのちに仲直りし義兄弟になるという件まで演じられることがある。

阿武松緑之助(1791年〜1852年)は江戸時代後期に実在した力士だが、武隈部屋を追い出されて別の部屋へ移るという展開は史実ではないとされる。

ほかの芸能でも演じられます

この演目は落語でも演じられています。同じ題材でも、 芸能によって筋の運びや読みどころが変わります。

落語では『阿武松』の題で同じ内容が演じられる。講談ではこのあと、女房のおよしが男と密通して出奔し、のちに女乞食となって再会するが大金を恵んで離縁するという場や、め組の頭と大喧嘩をしてのちに仲直りし義兄弟になるという件まで演じられることがある。(講談事典)

この演目を調べる・聴く

講談は演者によって筋や読み方の細部が変わります。ここに書いたあらすじは一つの形で、 実際の高座とは違うことがあります。

出典

  1. 講談事典瀧口雅仁丸善出版2023年

上の本で確認した事実をもとに、文章は寄席ミルが書き起こしたものです。本文の引き写しはしていません。

← 講談の演目一覧へ