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越の海こしのうみ
のちに越の海と名乗ることになる勇造は、小柄な体つきで柏戸に弟子入りし、谷風・雷電との稽古相撲を経て、やがて小結にまで出世していく一席。
一席物(一話で完結する話)。系統は力士伝(相撲取りの話。)
『寛政力士伝』の一席(谷風の七善根の一編)。
あらすじ
寛政期は、谷風や雷電といった名横綱が世に並び立っていた時代である。この頃、柏戸のもとを訪ねてきたのが、勇造と名乗る男である。相撲取りになりたいという願いであった。丈は五尺五分ほど、今で言えば一五〇センチに満たない小さな体格である。柏戸ははじめ入門を認めなかったが、勇造が引き下がらないため、やむを得ず飯炊き役として置くことにした。だが、彼に稽古をつけようとする兄弟子は一人もいなかった。
ある日、勇造は無理を言って芝神明の花相撲についていき、横綱谷風との申し合い稽古に加わる機会を得た。小柄な勇造との組み合いで思わぬところをくすぐられた谷風は、こらえきれずに土俵の外へよろけ出た。続いて雷電が相手をするが、こちらも同じように急所へ頭が当たりながら、実力で勇造を退ける。勇造の力に驚いた谷風はみずから鍛え、勇造はその後番付を上げて小結にまで進んだ。
成立と背景
「越の海」は「橋場の長吉」とともに「寛政力士伝」のうちの人気作とされ、谷風の善行を描く「谷風の七善根」の一編とされる。
寛政力士伝の作者は相撲に通じた四代目真龍斎貞水(早川貞水)とされ、太田貞水という弟子もこの一作で名を知られるようになった。当代の一龍斎貞水は人間国宝でもあり、この一連の演目を得意としている。
二代目山陽もこの演目を好んで演じたが、通して演じれば相当な長さになったという。弟子の松鯉がこれを寄席向けの尺にまとめ直した。
読んできた人
四代目真龍斎貞水、太田貞水、一龍斎貞水、二代目山陽
読み方の違い
同じ演目でも、演者によって細部が変わります。分かっている違いを並べています。
- 二代目山陽は長編のまま演じていたが、松鯉がこれを寄席向けの長さにまとめ直した。
この演目を調べる・聴く
- 国立国会図書館サーチ
この演目の本・速記本・レコードの目録。誰が演じ、いつ出たものかが分かります。
- 歴史的音源(れきおん)
戦前を中心とした録音。同じ演目を誰が吹き込んだかが並びます。
- 歴史的音源(自宅で聴ける分だけ)
上の検索を、インターネット公開されている音源だけに絞ったものです。
講談は演者によって筋や読み方の細部が変わります。ここに書いたあらすじは一つの形で、 実際の高座とは違うことがあります。
出典
- 『講談入門』神田松之丞/編・文 長井好弘/写真 橘蓮二、河出書房新社、2018年
上の本で確認した事実をもとに、文章は寄席ミルが書き起こしたものです。本文の引き写しはしていません。

