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大高源吾おおたかげんご
吉良邸討ち入り当日、すす竹売りに変装した大高源吾が、両国橋で俳諧仲間の宝井其角と偶然に会い、句を交わして討ち入り決行の意を託す。
一席物(一話で完結する話)。系統は赤穂義士伝(赤穂浪士の討ち入りにまつわる話。本伝・銘々伝・外伝に分かれる。)
『赤穂義士伝』の一席(銘々伝)。
あらすじ
吉良邸討ち入りの日の夕方、歳末のすす払い用の「すす竹」売りに身をやつした大高源吾は、両国橋で俳諧仲間の師匠、宝井其角と偶然に行き会う。すっかり落ちぶれた様子の源吾を見た其角は、もう会うこともないだろうと自分の羽織を与える。
隅田川を見下ろす橋の上で、其角は最後の一句を所望し、「年の瀬や水の流れと人のみは」と詠んだ。歳月がたてば人の運命も変わるものだという感慨を、すっかり姿を変えた源吾との再会に重ねた句だとされる。源吾はこれに「あした待たるるその宝船」と返す。俳諧に通じ子葉という号を持つはずの源吾が、なぜつまらない句を詠むのかと其角は首をひねった。
その足で其角は、俳諧の指導を受けている旗本の土屋主税の屋敷を訪ね、この出来事を話す。屋敷が吉良邸の隣にあった主税は、源吾の付け句が、明日には討ち入りを終え本懐を遂げるか、失敗しても切腹して亡き主君の下へ行けるという意を込めた、決行を告げる合図だったことを見抜いたという。
読み方の違い
同じ演目でも、演者によって細部が変わります。分かっている違いを並べています。
- 神田陽司が、句の意味を短い注釈を挟みながら演じる演出を行っていたことが紹介されている。
この演目を調べる・聴く
- 国立国会図書館サーチ
この演目の本・速記本・レコードの目録。誰が演じ、いつ出たものかが分かります。
- 歴史的音源(れきおん)
戦前を中心とした録音。同じ演目を誰が吹き込んだかが並びます。
- 歴史的音源(自宅で聴ける分だけ)
上の検索を、インターネット公開されている音源だけに絞ったものです。
講談は演者によって筋や読み方の細部が変わります。ここに書いたあらすじは一つの形で、 実際の高座とは違うことがあります。
出典
- 『講談入門』神田松之丞/編・文 長井好弘/写真 橘蓮二、河出書房新社、2018年
上の本で確認した事実をもとに、文章は寄席ミルが書き起こしたものです。本文の引き写しはしていません。

