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講談の演目

岡野金右衛門おかのきんえもん

赤穂義士伝一席物変装義理人情忠臣職人江戸

別題: 恋の絵図面、岡野金右衛門恋の絵図面取り

吉良邸の様子を探る浪士が、屋敷の普請にあたった大工の娘に近づき、絵図面を手に入れる一席。

一席物(一話で完結する話)。系統は赤穂義士伝(赤穂浪士の討ち入りにまつわる話。本伝・銘々伝・外伝に分かれる。)

赤穂義士伝』の一席(銘々伝)

あらすじ

赤穂義士の一人・吉田忠左衛門は、吉良邸に近い本所相生町に小春屋清兵衛という酒屋を出す。番頭は神崎与五郎、手代が岡野金右衛門、飯炊きに矢田五郎右衛門と矢頭右衛門七という顔ぶれだった。この店へ、毎日酒を買いに来る娘がいる。本所横網の大工・平兵衛の娘で十八歳のお艶といい、金右衛門に心を寄せている様子だった。

平兵衛は吉良邸の普請を手がけていたことから、屋敷の図面を持っているにちがいないと考えた金右衛門は、お艶を口説くことにする。ところが金右衛門のほうにも本当の恋心が芽生え、だましていることが心苦しくなる。お艶は父に絵図面を貸してほしいと頼むが断られ、留守中に持ち出して金右衛門のもとへ届ける。知らせを受けた大石内蔵助は喜んだ。

討ち入りの前日、金右衛門は平兵衛の家を訪ね、自分は大坂の商人の倅で国へ帰らねばならないと別れを告げる。討ち入りの夜、神崎与五郎が平兵衛を訪ねて、金右衛門が赤穂浪士の一人だったと伝える。絵図面を見せるべきだったという父に、お艶は金右衛門のもとへ持って行ったことを打ち明ける。引き揚げの途中で二人は金右衛門と行き合う。金右衛門は、夫婦の証の守り袋と呼子の笛をお艶へ渡し、別れを告げる。

成立と背景

岡野金右衛門は延宝8年(1680年)に赤穂藩士・岡野包住の長男として生まれ、討ち入りでは表門隊に属し、十文字槍の使い手として働いた。神田茜には、お艶の名をおてかに変え、その恋心を娘の側から描き直した新作『スキスキ金右衛門さま』がある。

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講談は演者によって筋や読み方の細部が変わります。ここに書いたあらすじは一つの形で、 実際の高座とは違うことがあります。

出典

  1. 講談事典瀧口雅仁丸善出版2023年

上の本で確認した事実をもとに、文章は寄席ミルが書き起こしたものです。本文の引き写しはしていません。

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