天災てんさい
短気な八五郎が心学者から、腹の立つことは天のなす災いと思って諦めよと教わり、早速人に試します。
あらすじ
短気な八五郎が女房や母親に乱暴して家を出て、大家に離縁状を書いてくれと談じ込みます。大家はその場では説かず、手紙を持たせて心学者・紅羅坊名丸のところへ行かせます。
名丸の教えは、何事も天が下した災いと思って諦めれば腹が立たない、というものです。子どもに水をかけられても原っぱで雨に濡れたと思う、屋根から瓦が落ちてきても天から降ってきたと思う、といった例えで説きます。仏教で言う因縁にあたるこの考えを、心学では「天のなす災」と書いて天災と読ませる、と説明します。
名丸は堪忍の大切さを説き、ならぬ堪忍するが堪忍、気に入らぬ風もあろうに柳かなといった句を引きます。八五郎が子どもに水をかけられても腹が立つと言っていたことを取り上げ、原っぱで雨に濡れたのなら誰を相手に喧嘩をするのかと問い詰めると、八五郎は言葉に詰まります。
八五郎は教えを持ち帰り、母親を蹴った件を女房に咎められても天道が蹴ったのだ、食事がないと言われても天道が食ったのだと言い張ります。そこへ、隣の男が女を引っぱり込んでいるところに前の女房が来て揉めているという話を聞き、覚えたての教えを試そうと乗り込んで、前の女房が来たのも天がしたことだから天災と思って諦めろと説きます。うろ覚えのまま、耳の穴を臍の穴と言い、柳を蛙と言うなど、言葉を取り違えながら熱弁をふるいます。
説教された相手が「天災じゃない、うちは先妻でもめてるんだ」と言い返します。天から降った災いにたとえた理屈が、生身の元女房が起こした揉め事には通じませんでした。
成立と背景
発端は、もう一つの演目「廿四孝」と共通しています。猫に鰺の干物を盗られたことから腹を立て、女房と母親に乱暴して大家に離縁状を求める、という導入は同じで、大家自身がその場で説くのが「廿四孝」、大家の手紙を持って心学者のところへ行くのがこの噺です。定本は、三代目柳家小さん直伝の八代目林家正蔵のものとされます。
心学は江戸時代に流行した修養道で、庶民に分かりやすい表現で既存の教えや美徳を実学的に指南したものです。心学者の名「紅羅坊名丸」は、「べらぼうになまる」の言葉遊びから来ています。
演じてきた人
紅羅坊名丸がもっともらしかった演者として八代目林家正蔵(彦六)・六代目春風亭柳橋・五代目柳家小さんが挙げられ、その芸系は十代目柳家小三治に引き継がれています。八代目林家正蔵の口演が定本とされます。
本によって違うところ
落語は演者や本によって細部が変わります。読んだ本の記述が食い違ったところは、どちらかに決めずに並べています。
- 説教される相手。『落語百選 秋』は熊さんと名前を出し、『はじめて読む 古典落語百選』は隣の男とだけ書いています。
- 教えを受けるときの描き方。『はじめて読む 古典落語百選』は、例え話のたびに八五郎が捕まえて殴ると乱暴に答え、雨の例えでようやく納得するというやりとりを入れています。『落語百選 秋』にはこのやりとりはなく、心学者が説き聞かせる形で進みます。
- 『落語名作200席 下』は、手元のテキストで導入部が欠けており、結末近くの断片だけが読み取れました。導入は残る2冊にもとづいて書いています。
この演目を調べる・聴く
- 国立国会図書館サーチ
この演目の本・速記本・レコードの目録。誰が演じ、いつ出たものかが分かります。
- 歴史的音源(れきおん)
戦前を中心とした録音。同じ演目を誰が吹き込んだかが並びます。
- 歴史的音源(自宅で聴ける分だけ)
上の検索を、インターネット公開されている音源だけに絞ったものです。
落語は演者によって筋やサゲの細部が変わります。ここに書いたあらすじは一つの形で、 実際の高座とは違うことがあります。
出典
- 『落語百選 秋(ちくま文庫)』麻生芳伸 編、筑摩書房、2004年
- 『はじめて読む 古典落語百選』林家たい平、リベラル社、2021年
- 『落語名作200席 下(角川ソフィア文庫)』京須偕充、KADOKAWA、2014年
上の本で確認した事実をもとに、文章は寄席ミルが書き起こしたものです。本文の引き写しはしていません。

