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小田小右衛門おだこえもん
別題: 織田小右衛門
大石内蔵助の介錯を務めた足軽が、身分を偽ったことを悔い、内職で金を貯めて墓前に詫び続ける一席。
一席物(一話で完結する話)。系統は赤穂義士伝(赤穂浪士の討ち入りにまつわる話。本伝・銘々伝・外伝に分かれる。)
『赤穂義士伝』の一席(外伝)。
あらすじ
主君の仇を討った四十七士は、処分が決まるまでのあいだ、毛利・細川・松平・水野の四家へ預けられる。切腹の沙汰が下ると、大石内蔵助の介錯人に選ばれたのは、十石二人扶持の足軽である小田小右衛門だった。
元禄16年(1703年)2月4日の切腹の日、大石は小右衛門に身分を尋ねる。千五百石の筆頭家老として主君の仇を討った大石に、自分のような低い身分の者が介錯すると知れては気落ちさせるにちがいないと考えた小右衛門は、細川家で五百石を取る物頭役だと偽ってしまう。大石は光栄であると言い残して最期を遂げた。
偽りを口にしたことが心に残る小右衛門は、内職で日銭を稼ぐようになる。大石の一周忌には立派な衣装を借り、人足を雇い、駕籠で泉岳寺を訪れて供養料を納め、墓前で涙ながらに許しを請う。三回忌にも同じようにすると、細川家の重臣で代参を務めていた長岡監物が、住職から、小田小右衛門という物頭役が参りましたと聞かされる。細川家にそのような者はいない。墓前で小右衛門と出会った長岡が事情を聞いて細川越中守に伝えると、家中にそのような心ある者がいるのは喜ばしいとして、足軽だった小田小右衛門は五百石に加増され、物頭役に任じられた。
成立と背景
令和4年(2022年)に歌舞伎座で演じられた『荒川十太夫』と同じ筋立ての作で、そちらでは堀部安兵衛が切腹し、荒川十太夫が介錯人を務める。「荒川十太夫」を読むのは一龍斎や神田派の講釈師で、宝井や田辺などの流派は「小田小右衛門」を読むことが多い。
この演目を調べる・聴く
- 国立国会図書館サーチ
この演目の本・速記本・レコードの目録。誰が演じ、いつ出たものかが分かります。
- 歴史的音源(れきおん)
戦前を中心とした録音。同じ演目を誰が吹き込んだかが並びます。
- 歴史的音源(自宅で聴ける分だけ)
上の検索を、インターネット公開されている音源だけに絞ったものです。
講談は演者によって筋や読み方の細部が変わります。ここに書いたあらすじは一つの形で、 実際の高座とは違うことがあります。
出典
- 『講談事典』瀧口雅仁、丸善出版、2023年
上の本で確認した事実をもとに、文章は寄席ミルが書き起こしたものです。本文の引き写しはしていません。

