落語の演目

野晒しのざらし

滑稽噺幽霊八五郎幇間向島江戸中国の笑話が原話

別題: 骨釣り(上方)

向島で骨を弔った先生のもとに幽霊が礼に来たと聞き、隣の男も骨を釣りに出かけます。

あらすじ

八五郎が朝早く隣家の先生を訪ね、前の晩に女の声がしていたことを問い詰めます。先生は、向島へ釣りに出かけた昨日の顛末を語り始めます。

夕暮れ、葭の茂みから白骨が出てきたので、先生はこれを憐れみ、酒をかけ、手向けの句を詠んで弔いました。その夜、骨の主である女の幽霊が礼に訪ねてきた、というのが真相でした。

話を聞いた八五郎は自分も幽霊に会いたくなり、先生の釣り竿を借りて向島へ出かけます。土手で「骨はどうだ」と大声で叫んで周囲に気味悪がられ、一人で妄想して騒ぐうち、釣り竿を振り回して自分のあごに針をひっかけます。

近くの屋根船にいた幇間が、八五郎が大声で口にした自宅の場所を聞きつけ、その夜訪ねてみようと思い立ちます。

夜、幇間の新朝が「向島から参りました」と訪ねてきます。新朝が新町の生まれだとわかり、その土地に太鼓屋が多く太鼓の皮に馬皮を使うことから、「馬の骨」だったという落ちになります。

成立と背景

原話は中国の笑話本『笑府』にあり、その翻案が天保8年(1837年)刊の笑話本『落噺仕立おろし』に載っています。落語にしたのは「こんにゃく問答」の作者としても知られる二代目林屋正蔵といわれます。

二代目正蔵は禅宗の僧侶出身で、もとは陰気な怪談風の噺でした。これを陽気な噺に改作したのが明治中期の(ステテコの)円遊で、その形が広まって原話の面影はほとんど残っていません。

今はサゲがわかりにくいため、滑稽な魚釣りの場面までしか演じられないことが多くなっています。

演じてきた人

明治末期以後は春風亭のお家芸となりました。八代目春風亭柳枝の、唄うように語る釣り場のひとり言が知られます。

この演目を調べる・聴く

落語は演者によって筋やサゲの細部が変わります。ここに書いたあらすじは一つの形で、 実際の高座とは違うことがあります。

出典

  1. 落語百選 秋(ちくま文庫)麻生芳伸 編筑摩書房2004年
  2. 古典落語(下)興津要 編講談社1972年

上の本で確認した事実をもとに、文章は寄席ミルが書き起こしたものです。本文の引き写しはしていません。

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