百年目ひゃくねんめ
堅物で通っていた番頭が、隠れての花見遊びを主人に見られてしまいます。
あらすじ
大商家の番頭は仕事一途で、手代や小僧には厳しく接していました。ある日、得意先回りと称して店を出た番頭は、幇間に迎えられて駄菓子屋の二階で着替え、柳橋から屋根舟に乗り込みます。舟には芸者と酒肴が用意され、隅田川を渡って向島へ花見に出る派手な遊びでした。
番頭は主人にばれるのを恐れ、舟の障子を開けさせず、上陸も避けていました。ところが芸者の一人が、開いた扇を逆さに鉢巻でくくって顔を隠す趣向を思いつき、番頭も上陸して鬼ごっこを始めます。酔った番頭がつかまえた通行人の扇を外して確かめると、それは自分の主人でした。主人は医者を連れて質素に花見に来ていました。
主人は気づかぬふりをして、酔っているようだから世話をしてやってくれと言い残して立ち去ります。番頭は動転して着替えて店に帰り、気分が悪いと言って寝込みます。主人は帰宅後、番頭の様子を聞いて、大事な番頭だから医者にみせたほうがよかろうと聞こえよがしに言います。番頭は夜逃げをするかどうか一晩思い悩みます。
翌朝、覚悟して奥座敷に出た番頭に、主人は穏やかに茶と菓子をすすめ、遠慮は外でするものだと言います。そして「旦那」という言葉の語源を、天竺の栴檀の木と、その下に生える南縁草が互いに支え合う関係にたとえて説き聞かせます。人に招かれて遊ぶときは、相手が二百両使ったら三百両、五百両使ったら千両というように、それ以上の格式で返すようにとも説きます。
主人は、実は一睡もせずに番頭の帳面を調べていました。店の金に手をつけた形跡はなく、番頭が自分の才覚で得た金で遊んでいたことが分かったのです。主人は番頭に礼を言い、来年は分家させて店を持たせると約束します。
向島でなぜ他人行儀な挨拶をしたのかと問われた番頭が、あんなところをお目にかけてしまい、これが百年目だと思いましたと答えます。
成立と背景
もとは上方の噺で、大阪の商都らしい主人と番頭のやりとりが特徴です。東京では六代目三遊亭圓生が、上方の花見の描写に主人の語る主従の情理を人情噺の語り口で加えて練り上げました。
飯島友治の考証によれば、当時の商家の奉公は十歳ごろに年季奉公で入り、年季は十年、十六、七歳で半元服して幼名を改め、十八、九歳で本元服、二十一、三歳で手代、店により差はありますが、三十歳前後でようやく番頭になれるものでした。
演じてきた人
東京では六代目三遊亭圓生、上方では三代目桂米朝が知られます。米朝は主人に強い説教性を持たせず、大家の主人らしい風格で上方の噺の典型を示しました。
本によって違うところ
落語は演者や本によって細部が変わります。読んだ本の記述が食い違ったところは、どちらかに決めずに並べています。
- サゲの言い方。『落語名作200席 下』は「あんなざまでお目にかかり、これが百年目だと思いました」、『落語百選 春』は東京弁でより長く、『古典落語(続)』は大阪弁で語られます。
- 『落語百選 春』には、主人が敷いていた布団を取って番頭の前で両手をつき礼を言う場面と、でんでん太鼓を持ち出してからかう場面があります。『落語名作200席 下』のプロットにはありません。
この演目を調べる・聴く
- 国立国会図書館サーチ
この演目の本・速記本・レコードの目録。誰が演じ、いつ出たものかが分かります。
- 歴史的音源(れきおん)
戦前を中心とした録音。同じ演目を誰が吹き込んだかが並びます。
- 歴史的音源(自宅で聴ける分だけ)
上の検索を、インターネット公開されている音源だけに絞ったものです。
落語は演者によって筋やサゲの細部が変わります。ここに書いたあらすじは一つの形で、 実際の高座とは違うことがあります。
出典
- 『落語名作200席 下(角川ソフィア文庫)』京須偕充、KADOKAWA、2014年
- 『落語百選 春(ちくま文庫)』麻生芳伸 編、筑摩書房、2004年
- 『古典落語(続)』興津要 編、講談社、1972年
上の本で確認した事実をもとに、文章は寄席ミルが書き起こしたものです。本文の引き写しはしていません。

