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講談の演目

柳生三代記やぎゅうさんだいき

武芸物連続物剣術修行剣豪将軍実説

柳生宗矩・十兵衛・宗冬の三代を追う武芸物。十兵衛は家督を継がず、柳生流の奥義を伝える道を選ぶ。

連続物(何席にもわたって続く長い話)。系統は武芸物(剣豪・武芸者の話。)

あらすじ

柳生宗矩は徳川秀忠の剣術指南役となる。坂崎出羽守に迫られる千姫を守るよう家康から命じられ、これをうまく収めて一万石を与えられ但馬守となるが、出羽守を哀れんで坂崎家の二蓋笠を定紋とする。

宗矩の長男・十兵衛は剣の道を進み、天海僧正から諸国の探索を命じられる。岡山では熊沢蕃山と、豊前では宮本武蔵と会い、薩摩では竹尾という女性を妻に迎えるが、妻子を病で失う。松平信綱に諸国の報告を済ませて故郷の柳生へ戻る。

十兵衛は旅立ちの前から心の病を抱えており、家督は継がずに、柳生流の奥義を伝えるほうの道を選ぶ。宝蔵院胤栄の弟子で、のちに荒木又右衛門となる丑之助を育てた。一方、次男の刑部が早世したため、三男の又十郎(宗冬)が柳生家を継ぐことになるが、剣術をあまり好まなかったことから七年の修業の旅に出て、新陰流を極める。

成立と背景

柳生家中興の祖とされる柳生但馬守宗厳は剣法の達人だった。その息子が徳川家康に仕え、柳生新陰流の開祖として知られる柳生但馬守宗矩、その三男が柳生家を継いだ宗冬にあたる。この三代に、柳生宗家を継がなかった十兵衛の伝記を加えた物語である。十兵衛については『柳生旅日記』という連続講談がある。

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講談は演者によって筋や読み方の細部が変わります。ここに書いたあらすじは一つの形で、 実際の高座とは違うことがあります。

出典

  1. 講談事典瀧口雅仁丸善出版2023年

上の本で確認した事実をもとに、文章は寄席ミルが書き起こしたものです。本文の引き写しはしていません。

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