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講談の演目

島田虎之助しまだとらのすけ

武芸物一席物剣術修行意地剣豪江戸実説

他流試合で引き分けにされた意味が分からず腹を立てた剣客が、老武士に打ちのめされて入門する一席。

一席物(一話で完結する話)。系統は武芸物(剣豪・武芸者の話。)

あらすじ

虎之助は、豊前中津藩で台所番を務める島田市郎右衛門親房の末子である。幼いころから利発で、成長すると剛直一途な武士になった。戸田一刀流の使い手である堀十郎左衛門の門に入ると、たちまち免許皆伝の腕前になる。

武芸修業のため江戸へ出た虎之助は、本所亀沢で道場を開く男谷精一郎を訪ねる。立ち合うと一本目は男谷、二本目は虎之助が取り、三本目というところで男谷から精進なされよと声をかけられ、引き分けとなる。

勝てると思っていた虎之助は納得がいかない。料理屋で飲んでいると、一人の老武士から、今日の立ち合いを見ていたかのように語られ、あれは他流試合を申し込んだ者に花を持たせるための運びだと言われる。腹を立てた虎之助が試合を挑むと、まるで歯が立たない。その武士は井上伝兵衛という剣客で、その紹介で虎之助は男谷精一郎の門弟に加わる。

男谷から免許皆伝を受けた虎之助は浅草新堀に道場を構え、勝海舟が門弟に加わる。虎之助は三十九歳で亡くなるが、臨終の際には一人の女がそばにいたという。

成立と背景

島田虎之助は文化11年(1814年)に生まれ、嘉永5年(1852年)に没した、江戸後期に実在した剣術家。神田愛山が資料を集めて作り上げた話である。

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講談は演者によって筋や読み方の細部が変わります。ここに書いたあらすじは一つの形で、 実際の高座とは違うことがあります。

出典

  1. 講談事典瀧口雅仁丸善出版2023年

上の本で確認した事実をもとに、文章は寄席ミルが書き起こしたものです。本文の引き写しはしていません。

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