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講談の演目

お竹如来おたけにょらい

世話物一席物情け女の活躍商人江戸実説

江戸大伝馬町の宿屋で働く女中お竹が、物乞いに施しを続け、大日如来の化身と評判になる一席。

一席物(一話で完結する話)。系統は世話物(町の人々の暮らしと事件を描く。白浪物・侠客物・三尺物などはこの中の分けかた。)

あらすじ

慶長18年(1613年)、徳川家康の江戸入城にともなう町づくりが始まる。伝馬役を務めた佐久間勘解由平八が開いた宿屋へ、十八になるお竹という娘が奉公に来る。働き者で気立てもよく、物乞いの親子に食べ物を分けてやったことから、物乞いたちが宿屋を訪ねるようになる。

風呂番の久助が姿を消すと、お竹は自分が引き受けると申し出て、給金は一日三十文を望む。ただし湯を沸かす薪は買わないという。台所に出入りする物乞いたちに、風呂の水汲みを一人二文、町なかで燃えそうな物を拾ってくれば三文と決めて頼むと、日ごろ世話になっているお竹の願いのうえに五文の金になるので、みなよく働き、主人の平八は感心する。

ある日、行者の玄達が宿屋に現れる。出羽の羽黒山でこもっていた玄達は、佐久間平八方のお竹こそ大日如来の化身であるというお告げを受けていた。主人もこれまでのお竹の行いから信じてあがめるので、いたたまれなくなったお竹は宿屋をこっそり抜け出す。困った物乞いたちが玄達をなじると、玄達は夢を見たのだと言い直し、お竹は戻ってくる。

宿屋はいっそう繁盛したが、お竹は病にかかる。息を引き取るとき、いつも使っていた流しが光ったことから、やはり大日如来の化身だったにちがいないと評判が立つ。これを伝え聞いた、五代将軍綱吉の生母である桂昌院は、女の鑑であるとして、お竹の使った流し板を芝の増上寺に祀った。

成立と背景

女性の講釈師がよく手がける演目である。日本橋本町にある小津和紙の敷地内には、「於竹大日如来井戸跡」という史跡が残る。創業者の小津清左衛門長弘がかつて佐久間家へ奉公しており、のちにその地で店を開いたことによる。お竹は実在の人物とされ、生年には異説があるが、現在の山形県庄内地方に生まれ、延宝8年(1680年)に没したという。東京都北区赤羽の善徳寺に於竹大日如来墓がある。

この演目を調べる・聴く

講談は演者によって筋や読み方の細部が変わります。ここに書いたあらすじは一つの形で、 実際の高座とは違うことがあります。

出典

  1. 講談事典瀧口雅仁丸善出版2023年

上の本で確認した事実をもとに、文章は寄席ミルが書き起こしたものです。本文の引き写しはしていません。

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