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講談の演目

名月若松城めいげつわかまつじょう

御記録物一席物忠義意地相撲大名奥州

別題: 西村権四郎

命を救った手柄を認められなかった家来が相撲で主君を投げて城を去り、名月の夜に戻る一席。

一席物(一話で完結する話)。系統は御記録物(大名家に伝わる記録や御家騒動。金襖物ともいう。)

あらすじ

天正15年(1587年)、豊臣秀吉の九州征討で、加藤清正や蒲生氏郷らが豊前国岩石城を攻めるが落とせない。気の短い氏郷は自ら城へ攻め入るが、鉄砲の弾が馬に当たって落馬し、島津の軍勢に囲まれる。その窮地を救ったのが西村権四郎だった。ところが氏郷が伊勢松坂三十万石の大名になった際、権四郎に恩賞はなかった。

翌年の月見の宴で、氏郷は岩石城の思い出を語るが、自分の手柄ばかりで権四郎に助けられたことを認めない。言い争いになり、氏郷の言い出しで相撲で決着をつけることになる。権四郎は勝ち、そのまま城を出ていってしまう。翌朝、氏郷は主君を諫めてくれるよい家来だと思い直して誉めようとするが、すでに去ったあとだった。

のちに氏郷が会津若松城の城主となった中秋の名月の日、権四郎が現れる。再会を喜び、酒宴の席でもう一度相撲を取ると、権四郎はまたも氏郷を投げ飛ばす。腹を切って詫びるという権四郎を氏郷はとどめ、相変わらず主人にへつらわないことを誉めて、主従で盃を傾ける。

成立と背景

浪曲では舞台を松坂城に移して演じることもある。

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講談は演者によって筋や読み方の細部が変わります。ここに書いたあらすじは一つの形で、 実際の高座とは違うことがあります。

出典

  1. 講談事典瀧口雅仁丸善出版2023年

上の本で確認した事実をもとに、文章は寄席ミルが書き起こしたものです。本文の引き写しはしていません。

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