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講談の演目

裸川の由来はだかがわのゆらい

御記録物一席物滑稽名奉行伝説歌舞伎

川へ落とした銭を人足に探させた青砥藤綱の一件から、滑川が裸川と呼ばれるようになる一席。

一席物(一話で完結する話)。系統は御記録物(大名家に伝わる記録や御家騒動。金襖物ともいう。)

あらすじ

鎌倉五代執権北条時頼の代のこと。鶴岡八幡宮の参詣を終えた青砥左衛門尉藤綱が、帰りに滑川の橋を渡ると、盲目の乞食がいた。銭を恵もうとして数枚を川へ落としてしまう。

藤綱は人足を雇って探させるが、人足たちは手持ちの銭を渡してごまかす。あとでそれを知った藤綱は、改めて探させた。筋骨たくましい裸の男たちが川の中にいると評判になり、若い娘たちが集まる。すると今度はその娘たち目当てに若い男が群がった。こうして滑川は裸川と呼ばれるようになる。

成立と背景

青砥左衛門尉藤綱は北条時頼に仕えた人物で、公明正大な裁きをした名奉行として知られる。この話は歌舞伎『青砥稿花紅彩画』の最後の場にも出てくる。十文の銭を探すのに五十文の松明を買うのは割に合わないのではと問われ、天下の通用金を失うことは天下の貨幣を失うことだと返したことでも知られる。

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講談は演者によって筋や読み方の細部が変わります。ここに書いたあらすじは一つの形で、 実際の高座とは違うことがあります。

出典

  1. 講談事典瀧口雅仁丸善出版2023年

上の本で確認した事実をもとに、文章は寄席ミルが書き起こしたものです。本文の引き写しはしていません。

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