粗忽長屋そこつながや
そそっかしい八五郎が浅草の観音様で見た行き倒れを友人だと思い込み、当人に自分の死を伝えてしまう滑稽噺。
あらすじ
気の早いそそっかしもの、八五郎が浅草の観音様へお参りに行くと、境内の一角に人が集まっているのに出くわす。のぞき込むと行き倒れて亡くなった人がおり、その顔を見た八五郎は、これは長屋の熊五郎に違いないと大声を上げる。身寄りがないというので、自分が本人を連れてくると請け合い、長屋へ急いで戻っていく。
同じくそそっかしい熊五郎にその話をすると、熊五郎は死んだような心持ちがしないと言うが、八五郎に、お前は昨夜行き倒れて死んだのに気づかずに帰ってきたのだと論され、すっかり自分が死んだつもりになってしまう。
きまりが悪いと言いながらも、熊五郎はすっかりその気になって、自分の死骸を引き取りに長屋から出かけていく。死骸に対面すると、いっそ自分の死に目を見ない方がよかったとぼやきながら、それでも両腕で抱き上げにかかる。
熊五郎は死骸を抱えながら「抱いてる俺はいったい誰だろう」とつぶやく。
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落語は演者によって筋やサゲの細部が変わります。ここに書いたあらすじは一つの形で、 実際の高座とは違うことがあります。
出典
- 『古典・新作 落語事典』瀧口雅仁、丸善出版、2016年
上の本で確認した事実をもとに、文章は寄席ミルが書き起こしたものです。本文の引き写しはしていません。

