落語の演目

船徳ふなとく

滑稽噺勘当若旦那江戸

勘当された若旦那が船頭になりたがり、縁日の忙しい日に客を乗せて次々に失敗します。

あらすじ

道楽が過ぎて勘当された若旦那の徳兵衛は、馴染みの柳橋の舟宿の二階に居候をしています。船頭のいなせな姿に憧れ、自分も船頭になりたいと言い出します。親方は細い体では無理だと止めますが聞き入れません。船頭の技は、竿は三年、艪は三月というほど難しいとされます。

旧暦七月十日、一日お参りすれば四万六千日ぶんの御利益があるとされる浅草寺の縁日で、舟宿は客で大繁盛し、船頭が出払ってしまいます。馴染みの客が連れを伴って来店し、柱に寄りかかって居眠りしていた徳さんに声をかけて舟に乗ることになります。連れは舟嫌いで、無理やり乗せられます。

徳さんはなかなか来ず、待たせて髭を剃っていました。もやい綱を解かずに棹を突っ張ったり、棹を川へ流してしまったりと、船出から失敗が続きます。橋を渡る芸者に小唄を聞かせようとし、岸からは一人で大丈夫かいと声がかかります。舟はひどく揺れて石垣にくっついてしまい、客に叱られると、文句ばかり言ってないで漕いでごらんなさいと言い返します。

棹を失った徳さんは、客の傘の先で石垣を突かせます。舟は岸を離れますが、傘は石垣に挟まって残ります。舟は上げ潮に流されるようになり、桟橋の目前で進めなくなって浅瀬に乗り上げてしまいます。結局、客は川の中を歩いて渡るしかなくなり、一人がもう一人を背負って舟を降ります。

客に大丈夫かいと聞かれた徳さんが、上がりましたら船頭を一人雇ってくださいと答えます。自分が船頭でありながら、他人事のように船頭を頼む形です。

成立と背景

近松門左衛門の心中物から主人公の名前だけを借りた人情噺『お初徳兵衛』の発端部分を、初代三遊亭圓遊が滑稽な噺として独立させたのが「船徳」です。もとの『お初徳兵衛』では、にわか船頭の場面は簡単な描写にとどまっていました。後篇では、徳さんが一人前になり、芸者お初との仲が復活して心中に至ります。

四万六千日という旧暦の暑い盛りの設定なのにコウモリ傘が出てくるなど、時代設定が入り混じっています。この縁日は、現在はほおずき市とも呼ばれます。

演じてきた人

八代目桂文楽がこの噺の基本の形を作り、その後の「船徳」はすべて文楽の型を土台にしています。船頭たちの生態の描写では五代目古今亭志ん生、若旦那気質を強調した三代目古今亭志ん朝、サゲを現代的にした六代目三遊亭圓楽が挙げられます。人情噺『お初徳兵衛』の系統は、志ん生・十代目金原亭馬生・五街道雲助へ引き継がれています。

本によって違うところ

落語は演者や本によって細部が変わります。読んだ本の記述が食い違ったところは、どちらかに決めずに並べています。

この演目を調べる・聴く

落語は演者によって筋やサゲの細部が変わります。ここに書いたあらすじは一つの形で、 実際の高座とは違うことがあります。

出典

  1. 落語名作200席 下(角川ソフィア文庫)京須偕充KADOKAWA2014年
  2. 落語百選 夏(ちくま文庫)麻生芳伸 編筑摩書房2004年
  3. はじめて読む 古典落語百選林家たい平リベラル社2021年

上の本で確認した事実をもとに、文章は寄席ミルが書き起こしたものです。本文の引き写しはしていません。

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