浪曲の演目

唄入り観音経うたいりかんのんぎょう

世話物浪曲の書き下ろし大岡越前守木鼠吉五郎奥州江戸恩返し義賊信仰と霊験観音経子守唄唄入り

身投げしようとした百姓を助けた盗賊・木鼠吉五郎の物語です。三門博が新内調を取り入れて作りました。

一席物(一席で完結する話)。系統は世話物

あらすじ

盗賊・雲霧仁左衛門の子分である木鼠吉五郎は、吾妻橋で身投げしようとしていた奥州白石小菅村の百姓・甚兵衛を助けます。甚兵衛は領主に納める年貢の50両を盗まれていました。吉五郎は50両を渡し、自分は大岡越前守から手配されている木鼠吉五郎という盗賊だと名乗って去ります。

恩返しをしたい甚兵衛は寺の和尚に相談し、観音経を教わりますが覚えきれません。そこで和尚は「念彼観音力」「刀尋段々壊」の二句だけを教えます。甚兵衛が前の句、女房が後の句を覚えて毎日唱えていると、それを聞いた村の若い者が江戸の流行歌だと思い込んで真似し、やがて奥州一円の子守唄にまで広まります。

吉五郎は捕らえられますが、大岡越前守がその善行の経緯を知って許します。『浪曲論』は、講談などでは処刑される人物が浪曲では救われる形に変えられていると指摘しています。

成立と背景

三門博が新内調の上声を活かした「三門節」を生み出して作った演目です。師匠を持たず巡業や名古屋で苦労を重ね、曲師・鈴木柳との出会いを機に節を確立しました。

三門博はこの演目を劇場で聴かせるため、浪曲師として先駆的にマイクロホンを使いました。『浪曲論』は、これによって浪曲界の芸風が大きく変わり、啖呵読みや上声の演者が次々に現れたと述べています。

演じてきた人

三門博。その芸は三門お染・菊江・柳、二代目篠田実らに受け継がれ、『浪曲論』の執筆時点で健在だったのは三門柳のみでした。三門柳のもとには三門綾が入門しています。

この演目を調べる・聴く

浪曲は演者によって筋や節の細部が変わります。ここに書いたあらすじは一つの形で、 実際の高座とは違うことがあります。

出典

  1. 浪曲論[増補改訂版]稲田和浩彩流社2022年

上の本に書かれている事実をもとに、文章は書き起こしたものです。本の文章は転載していません。

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