乃木将軍伝のぎしょうぐんでん
実録物乃木希典乃木静子伊勢信州明治旅順実在の人物が題材身分を隠す戦争滑稽続き物
乃木希典の逸話を集めた続き物です。「信州紀行」「伊勢参り」などが演じられます。
続き物(何席にも分かれて語られる長い話)。系統は実録物。
あらすじ
乃木希典は嘉永2年(1849年)、江戸の毛利藩邸で生まれました。長州毛利家の80石の武士の家柄です。明治29年(1896年)に台湾総督となり、2つあった総督官舎を狭いほう1館だけにし、麦飯のにぎり飯を持参したといった逸話が語られます。明治31年(1898年)に第十一師団長となりますが、部下の将校の横領が発覚して責任を取り陸軍を辞し、那須に隠棲します。明治37年(1904年)の日露戦争で復帰して第三軍司令官となり、旅順の戦いに出て、南山と二百三高地で二人の息子を亡くしました。
主な一席
3席信州紀行
乃木が身分を隠して日露戦争の負傷者や戦死者の遺族を訪ね歩く一席です。三等列車で旅し木賃宿に泊まりますが、嘘がつけず宿帳に本名を書いたため警察を呼ばれてしまう、という笑いどころがあります。
正行寺前
戦死した兵士の母である老婆に、乃木が「あなたの息子は乃木のために死んだのではなく、日本の国のために死んだのだからこらえてほしい」という意味のことを言って頭を下げる場面です。
伊勢参り
日頃から質素倹約を心掛けていた乃木夫人・静子が、伊勢の観兵式に出る乃木へ着替えの軍服を届けに行きます。身なりが乃木夫人とは思えないため宿屋で冷遇されますが、のちに正体がわかって宿の主人が平身低頭するという滑稽な一席です。
成立と背景
大正初期から昭和にかけて多くの浪曲師が手掛けました。『浪曲論』は、司馬遼太郎『坂の上の雲』の影響で乃木の評判が下がったとしつつ、それは小説上の脚色だと位置づけています。
「信州紀行」は演者の負担が大きく、演じられる機会が少なくなっています。五月一朗自身が「しんどい」と語っていたと『浪曲論』は記しています。
演じてきた人
東家楽燕の演じる乃木将軍は威厳があったと東家幸楽が語っています。近年は五月一朗が「信州紀行」「伊勢参り」を持ちネタとしていました(平成26年〈2014年〉没、95歳)。五月一朗が演じた「乃木将軍伝」「太閤記」は広沢瓢右衛門の作です。
この演目を調べる・聴く
- 国立国会図書館サーチ
この演目の本・速記本・レコードの目録。誰が演じ、いつ出たものかが分かります。
- 歴史的音源(れきおん)
戦前を中心とした録音。同じ演目を誰が吹き込んだかが並びます。
- 歴史的音源(自宅で聴ける分だけ)
上の検索を、インターネット公開されている音源だけに絞ったものです。
浪曲は演者によって筋や節の細部が変わります。ここに書いたあらすじは一つの形で、 実際の高座とは違うことがあります。
出典
- 浪曲論[増補改訂版]/稲田和浩(彩流社・2022年)
上の本に書かれている事実をもとに、文章は書き起こしたものです。本の文章は転載していません。

