落語の演目

粥やろうかいやろう

滑稽噺上方落語が原話義太夫食べ物按摩

別題: 国太夫節

施しの粥をもらった乞食が、橋の上のあんまの唄のせいで食べそこなう話。

あらすじ

大阪の鴻池をはじめとする裕福な商家は、年に何度か蔵を開いて粥を炊き、貧しい人々に施しをしました。これを「粥やろう」と呼び、抜け目のない者は列を変えて何度も並んで受け取ったといいます。

ひさしぶりのごちそうにありついた乞食が、橋の下に腰を下ろしていよいよ食べようとしていると、ちょうど橋の上をあんまが当時はやっていた唄をうたいながら通りかかりました。

あんまは唄いながら杖を突いていましたが、その杖が橋板の隙間からすっぽりと下へ落ちてしまい、運悪く真下にいた乞食の粥に当たって、粥をすっかり取り落とさせてしまいました。

あんまは何も知らず手探りで杖を探しながら「杖(末)はああしてこうしてと」と唄い続けます。粥をこぼされた乞食は、泣きそうな顔でこう言いました。「楽しんだ粥(甲斐)もなあい」

成立と背景

唄の名は国太夫節といい、宝永年間に都一中の弟子だった都国太夫半中が始めた浄瑠璃の一節です。享保年間には京都で大いに流行し、天保のころまで長く歌い続けられました。

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落語は演者によって筋やサゲの細部が変わります。ここに書いたあらすじは一つの形で、 実際の高座とは違うことがあります。

出典

  1. 増補 落語事典東大落語会 編青蛙房1979年

上の本で確認した事実をもとに、文章は寄席ミルが書き起こしたものです。本文の引き写しはしていません。

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