紺屋高尾こうやたかお
世話物落語が原作久造高尾太夫吉原江戸廓噺身分違いの恋花魁道中藍甕
吉原の高尾太夫に一目惚れした紺屋の職人・久造が、3年働いて貯めた金で会いに行く話です。落語でも演じられます。
一席物(一席で完結する話)。系統は世話物。
あらすじ
紺屋の職人・久造は、兄弟子に連れられて行った吉原の夜桜見物で花魁道中を見かけ、三浦屋の高尾太夫に一目惚れします。相手にできる身分ではないと言われて寝込んでしまいますが、親方の六兵衛に「金さえあれば客になれる」と励まされ、3年働いて15両を貯めます。
久造は上総久留里の大尽の息子と偽って高尾に会います。翌朝、次はいつ来るのかと聞かれて「三年経ったらまた参ります」と答え、身分を偽っていたことを打ち明けます。3年寝る間も惜しんで働いた金であること、道で会ってもひと言かけてくれればそれでいいことを告げて泣き出す久造に、高尾は年季が明ける来年三月に嫁に行くと約束します。
翌年三月、高尾は約束どおり駕籠で紺屋を訪ねて久造の女房になります。吉原で全盛だった高尾太夫が紺屋の職人の女房になったことが評判となって店は繁盛し、六兵衛は隠居して久造が二代目六兵衛を継ぎます。
成立と背景
原話は落語「紺屋高尾」です。『浪曲論』は、初代篠田実が四代目金原亭馬生に習ったと言われると記しています。浪曲では初代篠田実(明治31年〈1898年〉〜昭和60年〈1985年〉)がレコードに吹き込んで広まりました。『浪曲論』は大正12年(1923年)のレコードが大きく売れたとし、『浪曲・怪談』は大正末期の吹き込みと記しています。
『浪曲論』は、関東大震災後の世相の中で純愛という題材と篠田実の節が支持されたと見ています。篠田実はもともと義士伝を得意とし持ちネタも多かったのですが、この演目が売れて以後は「紺屋高尾」ばかりを求められるようになりました。昭和になってからも、演劇や演芸の中で節の一部がもじられて使われました。
落語でも演じられ、主人公を紺屋の職人ではなく搗米屋の奉公人、相手を幾代太夫とする「幾代餅」という同工異曲の噺もあります。「紺屋」は本来「こんや」と読みますが、この演目では「こうや」と読むのが一般的です。
演じてきた人
初代篠田実。引退と同時に三門博門下の三門勝夫が二代目篠田実を襲名して受け継ぎましたが、平成2年(1990年)に48歳で亡くなりました。二代目と親しかった国本武春(昭和35年〈1960年〉〜平成27年〈2015年〉)が十八番とし、武春の没後は国本はる乃が継いでいます。
ほかの芸能でも演じられます
この演目は落語と講談でも演じられています。同じ題材でも、 芸能によって筋の運びや読みどころが変わります。
この演目を調べる・聴く
- 国立国会図書館サーチ
この演目の本・速記本・レコードの目録。誰が演じ、いつ出たものかが分かります。
- 歴史的音源(れきおん)
戦前を中心とした録音。同じ演目を誰が吹き込んだかが並びます。
- 歴史的音源(自宅で聴ける分だけ)
上の検索を、インターネット公開されている音源だけに絞ったものです。
- 文化デジタルライブラリー(この演目の公演記録)
国立劇場・国立演芸場などでの上演記録です。いつ・どこで・誰が演じたかが分かります。
浪曲は演者によって筋や節の細部が変わります。ここに書いたあらすじは一つの形で、 実際の高座とは違うことがあります。
出典
- 浪曲・怪談 知っておきたい日本の古典芸能/瀧口雅仁 編著(丸善出版・2019年)
- 浪曲論[増補改訂版]/稲田和浩(彩流社・2022年)
上の本に書かれている事実をもとに、文章は書き起こしたものです。本の文章は転載していません。

