落語の演目

梅の春うめのはる

音曲噺武士親子

清元「梅の春」の由来と、語りぞめの席に招かれた画家のやりとりを聞かせる話。

あらすじ

清元「梅の春」は、むかし長州の殿様が一節をつくったものの、あとが続かず困っていたところ、蜀山人がその先を詠み継いでまとめ上げた作品です。さらに名人と呼ばれた清元太兵衛が節をつけて仕上げました。

橋場のお下屋敷では、この「梅の春」を披露する会に大勢の客が招かれ、あわせて席画の催しも開かれることになりました。画家の喜多武清は、朝早くから顔を出していました。

部屋で休んでいた武清のもとを、廊下を通る侍女たちが何度ものぞいては笑って通り過ぎていきます。武清は、名人太兵衛の到着を心待ちにしている彼女らが、まだ姿を見せない太兵衛を探しているのだろうと思っていました。

実は苦り切った武清自身の顔がおかしくて笑われていたのだとわかり、武清はすっかり腹を立てました。まもなく「梅の春」が始まり、太兵衛が一段語り終えると、客席から「お天道様っ」の声がかかります。

武清は弟子たちに、太兵衛は名人に違いないが、お天道様とまで言われては分に過ぎている、自分はいくら苦心して描いてもそう呼ばれたことはなく、絵を描くのも嫌になったとこぼしました。

これを聞いた弟子は顔色も変えず、こんな言い習わしがございますと答えました。「それは先生いけません。むかしからのたとえにも太兵衛(多勢)に武清(無勢)はかなわない」

成立と背景

清元「梅の春」の成り立ちを聞かせる音曲ばなしです。サゲは太兵衛と武清、二人の名にかけた地口になっており、同じ趣向のサゲを持つ「永代橋」という噺の仲間にあたるとされています。

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落語は演者によって筋やサゲの細部が変わります。ここに書いたあらすじは一つの形で、 実際の高座とは違うことがあります。

出典

  1. 増補 落語事典東大落語会 編青蛙房1979年

上の本で確認した事実をもとに、文章は寄席ミルが書き起こしたものです。本文の引き写しはしていません。

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