網七つなしち
別題: 釦城都玉垣
芝居の筋を追いながら、役名と品物をかけて落とす上方の芝居噺。
あらすじ
ある芝居を見ています。幕が開くと海岸の場面です。藤原鎌足の忘れ形見である淡海は、入鹿の追及を逃れるため今は与四郎と名を変え、このあたりに身を潜めていました。腰元の錦木が、お船という漁師の女房に身をやつして付き添っています。
与四郎は目をわずらっていたので、お船が目薬を求めて出かけ、その間に与四郎は手探りで小屋の中へ入ります。藤原家の家臣で、若気のいたりから主人の勘気をこうむり、いまは網七という漁師の姿になっている沢田新九郎政輝は、行方知れずの若君と腰元を探していました。
網七は、与四郎とお船こそがその二人ではないかとにらんでいたところへ、代官がほかの漁師に淡海と錦木の人相書きを渡し、詮議を命じて立ち去っていきます。
与四郎とお船をかねてから怪しんでいたほかの漁師たちは、戻ってきたお船をつかまえて「与四郎は淡海だと白状しろ」と詰め寄りました。
これを見ていた網七が現れ、自分の本名を名乗ってお船を助けると、「若君を小舟で逃がせ」と命じます。網七はその場に残り、大勢の漁師を相手に戦いを始めました。
お船は命を落とし、若君は入鹿のもとへ届けるための船に乗せられてしまったと聞かされた網七は、「なにとぞ船をもどさせたまえ」と竜神に祈りながら腹を切り、自らの臓腑をつかみ出して投げつけます。すると不思議にも船が戻ってきました。若君を急いで逃がしたあと、網七はのどをかき切り、波音の高まる中で幕となります。
幕が閉まると、見物のひとりが「なんの芝居です」と尋ねました。連れの者が「見ていてわかりませんか。これは網七の腹切りですがな」と答え、さらに「網が腹を切って海へ飛び込んだら、何になりますやろ」と問われます。
連れの者はこう答えました。「おおかたスサになりまっしゃろ」
成立と背景
スサは、壁塗りの土に混ぜる材料です。この話は、歌舞伎の「小栗判官」で浪七が腹を切る場面から着想を得てつくられたとされ、網七という役や狂言そのものは歌舞伎には見あたりません。桂文我がこの演目の演出を手がけたと伝わっています。
この演目を調べる・聴く
- 国立国会図書館サーチ
この演目の本・速記本・レコードの目録。誰が演じ、いつ出たものかが分かります。
- 歴史的音源(れきおん)
戦前を中心とした録音。同じ演目を誰が吹き込んだかが並びます。
- 歴史的音源(自宅で聴ける分だけ)
上の検索を、インターネット公開されている音源だけに絞ったものです。
落語は演者によって筋やサゲの細部が変わります。ここに書いたあらすじは一つの形で、 実際の高座とは違うことがあります。
出典
- 『増補 落語事典』東大落語会 編、青蛙房、1979年
上の本で確認した事実をもとに、文章は寄席ミルが書き起こしたものです。本文の引き写しはしていません。

