落語の演目

猪退治いのししたいじ

滑稽噺出世義太夫殿様

下手な義太夫を殿様に褒められた足軽二人が、思いがけず出世する話。

あらすじ

信州松本の城主松平丹波守が江戸へ出府する途中、碓氷峠で休んでいると、信州上田の城主松平伊賀守の足軽である竹本久蔵と豊沢大助の二人が、下手な義太夫を語りながらやって来ました。

これを耳にした丹波守は二人を呼び寄せ、一段語らせます。声は調子外れでしたが、丹波守は妙な顔をして首を振りながら聞き入り、大いに喜んで二人に金千疋ずつの褒美を与えました。

後日、殿中で伊賀守に会った丹波守はこのことを思い出し、良い家来をお持ちだと話しかけます。ありのままを語れば二人が咎めを受けかねないと思い、とっさに、手負いの猪が現れたのをこの二人が退治したのだとごまかしました。

屋敷に戻った伊賀守は二人を呼び出し、猪退治のときの様子を語れと命じます。二人は妙な話だと思いながらも、義太夫では面白くないからと猪退治の武勇伝に仕立て、身振り交じりに大げさに語ってみせました。

伊賀守は手を打って喜び、そのような手柄を立てながら今日まで黙っていたとは慎み深いことだと、二人へ百石ずつの加増を決め、士分に引き上げました。二人の子孫は今、大阪でそれぞれ義太夫語りと三味線弾きをつとめているということです。

後になって真相を知った二人は、顔を見合わせてこう言い合いました。「してみると、ほらの本家は松本の殿様だ」「おかげでわれわれが出世をしたから、これがししのほら売りだろう」

成立と背景

三笑亭可楽の名で口演の速記が残っていますが、長年にわたって高座を務めてきたベテランの噺家たちでも、あまり耳にしたことがないという、数の少ない噺だとされています。

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落語は演者によって筋やサゲの細部が変わります。ここに書いたあらすじは一つの形で、 実際の高座とは違うことがあります。

出典

  1. 増補 落語事典東大落語会 編青蛙房1979年

上の本で確認した事実をもとに、文章は寄席ミルが書き起こしたものです。本文の引き写しはしていません。

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