義太夫息子ぎだゆうむすこ
別題: 浄瑠璃息子
稽古帰りの若旦那が戸を閉められ、浄瑠璃で親と掛け合う話。
あらすじ
毎晩遅くまで浄瑠璃の稽古に通っている若旦那が、いつものとおり夜遅く帰ってきて表戸をたたき、父に開けてくれるよう頼みました。ところがその日に限って、どうしても開けてもらえません。
若旦那は「それなら、ここで夜通し浄瑠璃を語って寝かさないぞ」とばかりに、表で語り出しました。そこへちょうど巡査が通りかかってこれをとがめ、事情を話してようやく戸を開けてもらいます。
家に入ってからも、父の説教に対して浄瑠璃の節で相づちを打ってばかりいます。それを見ていた母が「稽古屋通いは若いころには仕方のないこと。私たちも稽古屋で結ばれたのですよ」と昔語りを始めました。
おもしろがった若旦那が「それから先はどうなりました」と続きをせがむと、父はあきれて「もうやめなさい。毎晩通っていって客にやじられるのは、おもしろいことではなかろう」とたしなめます。
父にどれほどたしなめられても、若旦那は少しも悪びれる様子を見せず、平然とこう答えました。「なあに、やじられるくらい何でもないことです。高座に出たらいつも槍ばかり食います」
成立と背景
もとは上方で「浄瑠璃息子」という題で演じられていた噺で、これを八代目桂文治がのちに東京へ持ってきたと伝わっています。「槍を食う」とは、客にやじられることを指す言い方です。
この演目を調べる・聴く
- 国立国会図書館サーチ
この演目の本・速記本・レコードの目録。誰が演じ、いつ出たものかが分かります。
- 歴史的音源(れきおん)
戦前を中心とした録音。同じ演目を誰が吹き込んだかが並びます。
- 歴史的音源(自宅で聴ける分だけ)
上の検索を、インターネット公開されている音源だけに絞ったものです。
落語は演者によって筋やサゲの細部が変わります。ここに書いたあらすじは一つの形で、 実際の高座とは違うことがあります。
出典
- 『増補 落語事典』東大落語会 編、青蛙房、1979年
上の本で確認した事実をもとに、文章は寄席ミルが書き起こしたものです。本文の引き写しはしていません。

