落語の演目

嵩谷すうこく

滑稽噺武士

気の向かない絵師が、家来の覚悟に動かされて筆を執る話。

あらすじ

元水戸藩の絵師で、英林斎嵩谷という人がいました。浅草観音の奉納額に、源三位頼政のぬえ退治を描いたことで知られていましたが、大変な酒飲みで、気が向かなければ千両積まれても筆をとりません。

ある日、雲州侯松平出羽守から、若殿の初節句の祝いに勢いのある絵を描いてほしいと所望され、家来の中村数馬が使いにやって来ました。嵩谷は大名は嫌いだと言って動こうとしません。

困り果てた中村数馬が、やむなく切腹して果てようとするほどの覚悟を見せたので、嵩谷はその忠義に心を動かされ、しぶしぶ雲州侯の屋敷に出向くことにしました。

半紙に墨を含ませ、ちょいちょいと描いた絵が、今にも生きて飛び出しそうなほどだったので、雲州侯はすっかり感心し、もう一枚、草木のない裸山を四季に分けて描いてほしいと言います。

嵩谷はこれも、半紙の切れ端にすらすらと描き上げました。雲州侯は「その方は名人だ。素人は山ほど難しいものはないというが、絵師でも山は描きにくいか」と尋ねます。

嵩谷は「わたしはなにを描いても同じでございますが、住まいの本所原庭の裏に住む七十過ぎのおやじが、山は描きにくい、描きにくいと申しております」と答えました。雲州侯が「ほう、その者もやはり絵師か」と重ねて尋ねます。

嵩谷はこう答えました。「いえ、駕籠かきでござります」

成立と背景

明治の半ばに禽語楼小さんが得意としていた噺です。

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落語は演者によって筋やサゲの細部が変わります。ここに書いたあらすじは一つの形で、 実際の高座とは違うことがあります。

出典

  1. 増補 落語事典東大落語会 編青蛙房1979年

上の本で確認した事実をもとに、文章は寄席ミルが書き起こしたものです。本文の引き写しはしていません。

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