落語の演目

佐野山さのやま

滑稽噺講釈が原話願かけ

孝行者の力士のために、横綱が千秋楽の取組を願い出る人情噺。

あらすじ

寛政年間、佐野山という力士がいました。たいそうな親孝行者でしたが、母親が病に伏せったことから気落ちしてしまい、場所の初日から黒星が続きます。

それを見た横綱の谷風梶之助は、本場所の最終日にみずからと佐野山との一番を組んでほしいと年寄に頼み込みました。全勝の谷風と全敗の佐野山では釣り合わないと年寄は渋りましたが、横綱たっての頼みとあって、この一番を千秋楽の取組に組み入れます。

この組み合わせを知った江戸っ子たちは驚き、いろいろな噂が飛び交いました。知ったかぶりをする者は、女をめぐる遺恨の相撲だなどと言いふらします。佐野山を応援する客は、一本差したら五両、もろ差しになったら十両やろうと声をかけて励ましました。

取組の当日、谷風は立ち上がると佐野山の両腕を引き込んでもろ差しにさせ、みずからじりじりと後ろへ下がって土俵を割りました。会場は割れるような騒ぎになります。

「それにしても、佐野山の押しが利きましたなあ」と誰かが言うと、別の客が答えました。「押しが利いたはずだ。あれは評判のコウコウ者だから……」

成立と背景

この噺は講談から移されたものです。実在した谷風梶之助は寛政元年に横綱の免許を受けていますが、佐野山という名の力士と江戸の土俵で顔を合わせた記録も、まして敗れた記録も見当たりません。

そもそも谷風が現役だったころの番付に佐野山という力士の名は見当たらず、この一番はまったくの作り話です。現在は金原亭馬生が演じています。

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落語は演者によって筋やサゲの細部が変わります。ここに書いたあらすじは一つの形で、 実際の高座とは違うことがあります。

出典

  1. 増補 落語事典東大落語会 編青蛙房1979年

上の本で確認した事実をもとに、文章は寄席ミルが書き起こしたものです。本文の引き写しはしていません。

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