落語の演目

鬼薊清吉おにあざみせいきち

人情噺奉公人和尚

別題: 鬼荊

継母との確執から悪の道に入った男の、処刑までを描く話。

あらすじ

清吉は幼いころから手のつけられない悪童で、継母のおまさにいつもつらく当たっていました。ある日も小遣いをねだって断られると、膳を蹴とばして家を飛び出してしまいます。

ほろ酔いで帰ってきた父親の安兵衛は、おまさが清吉に飯を食べさせなかったのだと聞かされ、これを真に受けて怒り出し、おまさに当たり散らし始めました。

そこへ長屋の家主が仲裁に入り、安兵衛を自分の家へ連れて行きます。酔いがさめたところで、家主は本当のいきさつを聞かせたうえ、清吉が信楽屋という餅屋の金を盗むところを見たと告げました。

このままでは危ないので早く奉公に出すよう勧められた安兵衛は、その言葉に従います。仲直りした夫婦は商いに励み、そのまま十年の歳月が流れました。

ある日、清吉がひょっこり帰ってきます。身なりがあまりに立派なので、おまさは清吉を風呂へやったすきに財布をあらためると、小判がぎっしり詰まっていました。

わけを尋ねると、清吉は奉公先を離れてすぐに悪事を重ね、いまでは東の土地で鬼薊の頭として仲間から立てられる身になっており、抜けようにも仲間が承知しないので、今日は勘当してもらいに来たのだと打ち明け、そのまま出て行ってしまいました。

おまさはこれを苦にして間もなく病死し、三年後、思いつめた安兵衛が越中橋の上から川へ飛び込もうとしたところを、通りがかりの男に助けられます。その男こそ清吉その人で、盗みをしながらも貧しい人に施しをする義賊と呼ばれ、三十二歳で処刑となりました。辞世の句は「武蔵野にはびこるほどの鬼薊 今日の寒さにしもと枯れ行く」というものでした。

成立と背景

上方の人情ばなしで、文化二年六月に死罪となった盗賊、鬼坊主清吉がその人物像のもとになっているとされます。

前半部分は「双蝶々」という噺とよく似た筋立てになっており、文団治から文紅、米之助へと伝わってきた演目です。

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落語は演者によって筋やサゲの細部が変わります。ここに書いたあらすじは一つの形で、 実際の高座とは違うことがあります。

出典

  1. 増補 落語事典東大落語会 編青蛙房1979年

上の本で確認した事実をもとに、文章は寄席ミルが書き起こしたものです。本文の引き写しはしていません。

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