落語の演目

眉間尺みけんじゃく

滑稽噺女房親子

別題: 三つ巴

紋を思い出せない男が、巴の紋の由来を聞かされて考え直す話。

あらすじ

七兵衛が提灯をあつらえに行きましたが、自分の紋所をどうしても思い出せません。折よく通りかかった横丁の物知り先生と、二人で頭をひねることになりました。

相談の末、七兵衛の紋は酢漿だったと分かります。ところが七兵衛は、酢漿ではありふれていると乗り気になれず、祭りの太鼓に描かれた巴の紋がいいと言い出しました。

先生は、巴の紋にはあまり良くない由来があると語り始めます。昔、楚の国の王妃はたいそう肥え太っていて、夏の暑さに耐えかね、鉄を抱いて休んだところ身ごもり、鉄の玉を産み落としました。

楚の王はその鉄の玉を取り寄せ、干将・莫耶という名高い夫婦の刀鍛冶に二振りの剣を作らせます。出来上がった剣のうち、干将は一振りだけを王に差し出し、もう一振りは隠してしまいました。これが発覚し、夫婦は死罪に処せられます。

夫婦の息子である赤は山中に逃れ、両親の仇を討てずにいることを嘆いていました。そこへ一人の男が現れ、赤の首と剣を渡せば、代わりに王を討ってやろうと持ちかけます。赤は自分の首をはねて男に託しました。

男は赤の首と剣を持って王のもとを訪れ、首実検を願い出ます。首を釜で煮ても一向に変化がないため、王が自ら釜の中をのぞき込んだところを、男はすばやく王の首を切り落としました。二つの首が釜の中で争うのを見て、男は赤の首に加勢しようと、自分の首もはねて釜に投じます。三つの首が絡み合って転げ回るさまが、巴の紋の由来になったというのです。

先生からこの由来を聞かされた七兵衛は、すっかり気が変わってこう言いました。「なるほど、じゃ酢漿もよしましょう」先生がわけを尋ねると、七兵衛はこう答えました。「だって三人のしりだろう」

成立と背景

酢漿の紋は、ハートの形を三つ組み合わせたような姿をしています。明治時代にはよく演じられましたが、巴の由来を語る部分が長くだれ場も多いうえ、酢漿という紋自体がなじみにくくなった現在では、演じ手が少なくなっています。

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落語は演者によって筋やサゲの細部が変わります。ここに書いたあらすじは一つの形で、 実際の高座とは違うことがあります。

出典

  1. 増補 落語事典東大落語会 編青蛙房1979年

上の本で確認した事実をもとに、文章は寄席ミルが書き起こしたものです。本文の引き写しはしていません。

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