落語の演目

高野違いこうやちがい

滑稽噺聞き違い講釈師

百人一首の講釈を聞いた頭が、色の名と地名を取り違える話。

あらすじ

ある頭が出入り先の旦那のもとを訪ねると、ちょうど百人一首の稽古中でした。旦那は頭に歌の説明をしてやります。「これは紫式部、めぐり合ひて見しやそれとも分かぬ間に、雲隠れにし夜半の月かな。これは小野小町。そしてこちらは六玉川のうち、高野の毒水だ」

頭が「なんです、毒水てえのは」と尋ねると、旦那は「高野の玉川には毒があるので、弘法大師が歌でいましめたのだ。忘れても汲みやしつらん旅人の、高野の奥の玉川の水、というのだ」と教えました。

高野とは紀州の高野山のことだと聞かされた頭は、さっそくその足で、これから大和めぐりに出かけようとしている親分のもとへ、水を飲まないよう急いで注意しに向かいました。

「親分、高野の玉川の水は飲んじゃいけませんよ。忘れても汲みやしつらん旅人の、あとより晴るる野路の村雨」と頭が唱えると、親分は「そりゃ下の句が道命さまの歌だよ。タカノの奥の玉川の水だ」と訂正します。

なおも頭が「クカノじゃありませんぜ、コウヤがほんとでしょう」と言い張ると、親分はまるで取り合わずに「コウヤでもクカノでも、音訓のちがいだけだ」と軽く受け流したのでした。それでも頭は納得がいかない様子です。

気をよくした頭は続けて、洗い髪の女の歌だと教わったものを唱えます。「めぐり合ひて見しやそれとも分かぬ間に、雲隠れにし夜半の月かな」「今度はまちがえないな。誰の歌だ」「鳶色式部という女の……」「そりゃ紫式部だろう」

頭が「紫と鳶色は音訓のちがいで……」と同じ理屈を持ち出すと、親分は「なにいってんだ。たいへんなちがいだ」とあきれます。頭は最後にこう返しました。「それじゃ紺屋のまちがいでしょう」

成立と背景

「鳶色式部」という呼び名は、明治中期に女学生の着けるはかまの色にちなんで、色の名で「○○式部」と人を呼ぶことが実際に流行した、当時の世相を反映した風俗に由来しています。

高野と紺屋という二つの言葉の読みを掛け合わせたこのサゲは、同じ発想を使った別の演目である「絞り紺屋」のサゲとしても用いられていて、両方の噺に共通するしゃれです。

この演目を調べる・聴く

落語は演者によって筋やサゲの細部が変わります。ここに書いたあらすじは一つの形で、 実際の高座とは違うことがあります。

出典

  1. 増補 落語事典東大落語会 編青蛙房1979年

上の本で確認した事実をもとに、文章は寄席ミルが書き起こしたものです。本文の引き写しはしていません。

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